第五十五章 GOD IN MEMORIES ~中編~
「ボクには母さんがいた。………死んでしまったけど」
傍らで同様にジーナスを眺めるシズクに言った。
「だからジーナスが………ボクの母親なわけない」
悪魔の言葉は、ソニヤの心を掻き乱すに充分な威力を発揮した。嘘か真か、本当の母親は邪神ジーナスなのだと。
しかし、真実は常にひとつ存在する。いや、知らなくてはならないことは他にもある。それを知るのは………
「ジーナス」
ソニヤは呼びかけた。普段通り、普段のトーンで。
声を上げずとも、応えてくれるような気がした。
残響もなく飛んだソニヤの声は、その気持ちに報いたのか、ジーナスの瞼を静かに開けさせた。
「ソニヤ………来たのですね」
小さな、それでいて優しい声は、寝起きのそれにも取れたが、ソニヤを見た安心の証のようにも思えた。
「あの男はどうしました?」
張り付けにされたまま周辺を見渡す。
「ヴァルゼ・アークのこと?アイツならどっかに消えたよ」
「そうですか」
少し残念がってるのが分かった。
さて、どうしたものかと考える。直球で聞くのも違う気がするし、張り付けにされてる女性を前にすれば尚更だ。
ソニヤの心中を見透かしたように、
「下ろしてあげよう」
シズクが言った。
このまま話を続けるのなら、そうするのは当然と頷き、張り付け台の十字架を幼い猿のように登って、未だ胡散臭さの残る女神だか邪神だか母親だかを解放してやった。
フロアに落ちないかと心配もしたが、ふわふわと宙に浮き遅効性の毒素の如く嫌味ったらしく足を地に着けた。
やっぱり腑に落ちなかった。今のは明らかに魔法による動作だ。シズクの母親だと言うのならまだ納得出来る。が、自分には魔法なんてものは使えない。
邪神と呼ばれるくらいだ、まさかとは思うがヴァルゼ・アークと何やら策を弄していることもあり得る。
「あの男がこの場に居ないということは、ゴッドインメモリーズの発動権はあなた達にあるということですね」
「その言い方はどうかしら?」
シズクが、
「ゴッドインメモリーズって、私のことなんでしょ?発動も何も、私次第の魔法なんだもの、私が死ぬまでゴッドインメモリーズは“ここ”にあるに決まってるじゃない」
発展途上の胸を指でツンツンと指した。
「そうですね………そうでした」
「あの夜、ボクの前に現れたのは?ボクじゃなきゃいけなかったのか?」
息子だから………ソニヤは自分から聞きにくい核心を期待したのかもしれないが、
「運命。そう言ったはずです」
「そんな曖昧な話ないよ!あの男は………ヴァルゼ・アークはボクはあんたの息子だって!」
「ソニヤ………」
冷静に我慢をと心掛けていたが、やはり若さ故、感情に押し出されてしまったようだ。
年頃の男の子の剥き出された感情に、ジーナスもシズクも驚いたようだった。
「アスカロンだって、最初に渡さなかったのはどうしてだ?あのタイミングで渡すなんて不自然だ」
羽竜が居たから始めの頃の旅は成り立った。武器が無くとも、代わりに戦ってくれる者がいた。
帝国を止めろと啓示したならば、ファーストコンタクトの時点でアスカロンを渡すのが普通だろう。
その不可解なジーナスの行動は、気紛れではない打算されたものであるような気がしてならなかった。
そもそも、邪神かどうかが理由かは別にして、帝国と戦って来たジーナスには、ヴァルゼ・アークが傍に居たはずだ。こんな異次元のような世界に籠もる必要もないだろうし、ヴァルゼ・アークほどの男が味方なら帝国くらい敵じゃなかったはず。
敢えて………敢えてここまで導いた目的がある。多分。それを紐解くには、
「知ってたんだな?ボクが羽竜と出会うこと」
忘れてはならない事実がある。
「困ったものですね。ヴァルゼ・アークも余計なことを言ってくれました。いえ、褒めるべきでしょう。あなたが私の息子などと話したことはなかったはずなのに」
ジーナスは邪神と呼ばれ、ヴァルゼ・アークは悪魔の神だと名乗っていた。
「きっと、アスカロンは出来る限りボクに渡したくなかったんだ。そうなんだろ?………ジーナス!」
彼女達は“神”なのだ。人知を超えた能力があってもおかしくはない。
予め未来が見えていた。全てではないにしても、少なくともジーナスにはこうなることを予見出来ていた。
ヴァルゼ・アークとの間柄は不明だが、ジーナスが利用していたと見るのが妥当だろう。実際、味方であると思えたヴァルゼ・アークは、ジーナスを残したまま消えたのだから。
信頼があるなら、ジーナスを置き去りにするような真似はしなかっただろう。
「男の子というのは早い成長を遂げるのですね。嬉しくもあり、淋しくもあります」
「あんたの感想なんて聞いてないわ。アスカロンにも秘密があって、それは私に関係するのかってこと」
詰め寄るシズクは、戦いの元凶がジーナスにあると践んでいる。
「その通りです。アスカロンはシズク、あなたをゴッドインメモリーズとして“孵化”させる鍵なのです」
間を空けてからそう答えたジーナスは続けて、
「そしてソニヤ。あなたは私の息子です」
疑心暗鬼になりながらも、はっきり自分の息子だと言ったジーナスから、ソニヤは目を逸らすことが出来なかった。