第五十五章 GOD IN MEMORIES ~前編~
何も出来ない自分が嫌になる。誰にだって経験はある虚無感。
強くありたいと思えば思うほど自分の弱さに邪魔をされ、どうしても超えられない壁にぶち当たる。
ソニヤのそんなモヤモヤとした不快指数は、限界を突破してシズクの潜在能力を引き出した。
それは、この世界でたったひとつの魔法だった。
「なんて力だ………!」
峰打ちでもしてやろうかと飛びかかったクダイだったが、ソニヤを包む淡い光に攻撃を阻まれた。
「さっきは諦めるなって言ったくせに、すぐに心変わりするんだな?それとも忘れたのか?フン、だとしたらニワトリみたいなヤツだ。結局、お前は敵なんだ。人の心を知って騙そうってんだから、ニワトリより下だな」
「クソガキぃ………」
異変は、ソニヤの中でもあった。乱れた気持ちは、嘘のように消え去って、ズシッと重いくらいの落ち着きが芽生えた。
クダイは、怒りに身を任せ今一度攻撃しようとしたのだが、
「待て。状況が変わった」
ヴァルゼ・アークに止められ、
「ここまで来て………!」
かつては自分が起こしたいと思っていた奇跡とやらだが、起こされた側に立つと非常に厄介極まりない。
「こんな場所でゴッドインメモリーズを発動されるとは………」
さしものヴァルゼ・アークも、苦虫を噛まずにはいられない。
「お前達にゴッドインメモリーズは渡さない」
「調子にのるなよ、ソニヤ。すぐに立場は逆転する」
釘を打ったつもりのクダイだったが、
「逆転はしない」
ソニヤに言い返された。
「ゴッドインメモリーズで新しい聖戦でも起こそうってのか?ナンセンスだ。他の神達が現れても、僕が勝つだろうからね」
むしろその方が好都合かもしれない。一時的にゴッドインメモリーズは失われるだろうが、またシズクやセルバ卿のような存在が現れてくれるのを待てばいい。その時はもっと上手くやるさ。
「聖戦なんてボクだってナンセンスだと思う」
「へえ」
「そんなこと繰り返したって、ボクにメリットはないからね」
「分かってるじゃないか。だったら無駄な抵抗なんて止めて投降しろ」
「お前達は分かってない。ゴッドインメモリーズは誰にも渡さないって言ったろ。ゴッドインメモリーズは、ボクとシズクのものだ」
「………聞き捨てならない発言だな。ゴッドインメモリーズを使って君に何が出来る?聖戦を起こす事以外、何も出来ないはずだ」
「そんなことはない。お前達は、ゴッドインメモリーズの持つ強大なエネルギーを欲してる。それは、ゴッドインメモリーズの本来の目的とは別の野望の為に。だったら、ボクにもボクなりの使い方が可能だろ?」
そう言い放ったソニヤに、一瞬………歴史に残らないくらい本当に一瞬だけ、クダイの背中に悪寒が走った。
「ならお前はゴッドインメモリーズで何をする?」
僅かな一瞬に気圧されたクダイに代わり、ヴァルゼ・アークが尋ねた。
ゴッドインメモリーズの本質を無視して別の使い方が出来るのは、ヴァルゼ・アークにもクダイにもそれだけの力が備わっているからだ。戦い方も知らないようなソニヤに、ゴッドインメモリーズの本質を無視してそのエネルギーを利用するなど、とてもじゃないが雲を掴むような話だ。
真っ赤な瞳でヴァルゼ・アークはジッとソニヤを見つめる。「お前には何も出来ない」そう言うように。
すぐには答えないソニヤは、いつ念動力を手にしたのか、アスカロンを手繰り寄せシズクを守るように彼女の少し斜め前に立った。
ヴァルゼ・アークは、発動状態は完全とは言えない今なら、ソニヤとシズクからゴッドインメモリーズを奪える機会があるのではと考える。その考えを読んだようなソニヤの振る舞いに、いささか感心を覚えた。
「どうした?お前ならゴッドインメモリーズをどう使うのかと聞いている」
「ボクはゴッドインメモリーズを………こうするッ!」
叫んだソニヤは、ヴァルゼ・アークに手のひらをかざした。
「何の真似………うっ……こいつは!」
ヴァルゼ・アークの身体から、黒い粒子がソニヤの手のひらの“中”へ消えていく。
「ボクならお前達の力を奪う。まともにやって勝てないんだから、勝てるだけの力を得ればいい」
なるほど。聖戦で世界をリセットさせるほどの力は、それ自体をコントロールすることは難しい。こと、ソニヤにしてみれば。
だからソニヤは考えた。ゴッドインメモリーズでヴァルゼ・アークとクダイから、彼等の力を奪い自分のものに出来ないかと。そして念じた。ひたすら強く念じた。シズクがゴッドインメモリーズそのものであるが故、ソニヤの念に呼応するのは容易かったと言える。
「ソニヤ、もっと強く念じて。今ならアイツらは私達に手を出せない」
ソニヤの背中に手を当て、シズクが言った。
ヴァルゼ・アークは、自分の身体から奪われていく力を見つめながら、甘かったと思った。
「ヴァルゼ・アーク!」
立ち尽くす悪魔に、クダイが叫ぶ。と、悪魔はフッと微笑み、
「警戒していたはずなのだがな。ここまで分が悪くなるとは………誤算だった」
すると、これほどの騒ぎにさえ眠ったままのジーナスを見上げ、
「目を覚ました後で、ゆっくりと語るがいい。自分の息子とな」
ヴァルゼ・アークは口をついた。
「今なんて言った?」
聞き返したのはクダイで、ソニヤも耳を疑い手を止める。
「さあ?なんか言ったかな?」
「はぐらかすな!誰がジーナスの息子だって!?」
自分でないことは確かだ。ヴァルゼ・アークも。ならば残るはソニヤしかいない。
「ソニヤ。ゴッドインメモリーズをお前の手元に置くつもりならそれもいい。だが、いずれ奪いに来る。せいぜい腕を磨いておくのだな」
そう言うと、青白く眩い光に包まれヴァルゼ・アークはどこかへと消え去った。
「チッ。何かまだ謎があるわけだ」
煮え切らなかった。舌打ちをしたクダイは、ジーナスに視線をやり、そしてソニヤを見る。
「屈辱だけど、僕も退いた方が良さそうだ」
剣を鞘に静かに収めると、
「忘れるなよ。その気になればこの世界ごとキミ達を壊せるんだ」
「……………」
「……必ずまたキミ達の前に現れる。その時こそ、ゴッドインメモリーズは僕のものだ」
捨て台詞を吐き、クダイもヴァルゼ・アークと同じように光に包まれ消え去った。
「ソニヤ」
シズクは、小さな声でソニヤを呼んだ。
「………ふぅ。緊張したぁ」
一気に安堵感に包まれて肩の力を抜き切った。
「また来るって。クダイも、あの赤い髪の男も」
「大丈夫だよ、シズク。何度来ようとボクが守るから」
コクリと頷いたシズクの手を握り、頭上のジーナスを見た。
「それにしても………」
夢に現れ、アスカロンをくれた女神。邪神と呼ばれた目の前の若い女。
「ボクの………母親だって?」
ソニヤは、ヴァルゼ・アークの残した言葉に翻弄されつつあった。