第五十四章 人を超えし者 ~後編~
「うわっ……!ぐはっ!」
投げ出された玩具のように、ソニヤの身体は宙に浮き、そして転がる。
慣れない痛みが肉体を襲う一方、死ぬかもしれないという恐怖にも苛まれる。
それでも、ヴァルゼ・アークが攻撃を緩めることはない。ソニヤの意志とは裏腹に、死なない程度にいたぶる。
本来の“やり方”ではなかったが、殺してしまうのまずく、それでいて、ソニヤのことが気に入らない。理由は分からないが、疳に障る。
「優れた力を有する武器を手にしただけで、簡単に強くなれると思っているのなら大きな間違いだ」
使いこなさなければ意味はない。そんな説教すら説いてやる気にもなれない。
「大体………奇跡を起こすだと?フッ、可能性は0ではないにしても、お前のような中途半端な者には僅かな可能性すらモノには出来まい」
押し付けるような視線を落とす。
「そんなこと………分かるものか!」
「分かるんだよ。お前と違い、何度もこんな場面を経験して来た。奇跡に満ちる全ての条件を手にしても、1にも及ばない可能性だからな」
決定付け、ソニヤの士気を奪う。
必要以上に構う気はない。ただ、生意気な口を黙らせる程度に傷つければいい。
まるでなってない構えのソニヤの手から、ヴァルゼ・アークは自分の剣でアスカロンを払うと、アスカロンはとても聖剣とは思えない軽い音を立てた。
「ソニヤに手を出したら、舌噛んで死ぬから!」
ヴァルゼ・アークにシズクが噛みついた。無論、ヴァルゼ・アークには痛くも痒くもない抵抗だ。
「ほう。そんな勇気があるのか?」
「強がっちゃって。私が死んだら困るくせに!」
「………そう思うなら死んでみたらいい。お前が死んだら、また新たな力を探すまでだ」
「ほ、ほんとに死ぬからね!?」
「好きにしろ」
シズクにその勇気があるかないかではなく、ヴァルゼ・アークはゴッドインメモリーズが絶対ではないと思っている。
刃を向けられたまま、ソニヤはつくづく思い知らされた。ゴッドインメモリーズが無くなるのは困るだろう。だが、ひとりの幼い少女が、自分の命と引き換えに何かを守る姿は、ヴァルゼ・アークにとって興味深いことなのだと。
向けられた刃からはヴァルゼ・アークの強い意志さえ感じる。ヴァルゼ・アークだけじゃない。クダイも、羽竜も、明確な意志を持って戦っている。ゴッドインメモリーズがどうだとか、発動がどうだとか、シズクやジーナスがどうかなんてもう考えるまでもないのだ。
人成らざる者達には、人の理屈は無用なもの。如何なる聖剣を与えられようとも、使う者が人である以上、彼らには脅威にはならない。
「殺しはしないが、多少痛い目は見てもらおうか」
シズクを無視して、ヴァルゼ・アークはソニヤに言った。
「フッ。情けないツラだ。無力感を知り抵抗の意志すら無くしたか」
そういう顔をしてたんだろう。自分がどんな顔していたかなんて、一々気にしてはないが、屈辱なのは確かだった。
もう、自分に出来ることは残ってなかった。
「運がなかったな。お前には、羽竜やクダイがかつてそうだったような、短期間で成長するものが何も無かったのだろう。聖剣すら、そのスキルを見せなかったのだからな」
言い方を聞けば、アスカロンがソニヤに力を貸し、万が一にも奇跡を起こしたかもしれないと思っていたと取れた。
こうなってしまうような………こんな結果にならないような選択肢はあったのだろうか?
誰も立ち向かえない悪魔の神を前に、一度は沸騰した闘志もただ冷めていくだけだった。
「諦めるな!」
そんなソニヤに檄があった。
「クダイ………」
ヴァルゼ・アークの向こう側で、よろけながらも立ち上がるクダイがいた。
「今、諦めて何が変わる?君はシズクが好きなんだろう?なら最後まで戦うんだ!」
敵のはずのクダイから、意外な言葉だった。
「まだやるのか?」
ヴァルゼ・アークは首だけを真横に回し、視界に入らないクダイに言った。
「僕が何の為に永い時間を生きて旅をして来たか言ったはずだ。望みが叶わないなら、僕は生きていても意味がない」
「ならば死ぬことを勧める。俺には誰も勝てない」
「………勝ち誇るのは勝手だけど、僕が死ぬ時はみんな道連れだ」
「道連れだと?面白い。やれるものならばやってみろ」
「余裕かましてるけど、ハッタリなんかじゃない」
クダイは、左手のダーインスレイヴを鞘に収め、右手のジャスティスソードを両手で握り直し振りかざした。
細かい光が刃に反射する。かなり高い音がキーンと鳴り、その存在感を強調した。
「何をするつもりか知らんが、醜態を晒すだけだぞ。俺はお前を認めたんだ、潔くしたらいいものを」
「潔くないから、こうしてここに立ってるんだ」
「………それもそうだな」
「このジャスティスソードは、別名バランスブレーカー………僕の意志に応じて力を解放すれば、世界を時間ごと破壊出来る」
「……………。」
なるほどとヴァルゼ・アークは思った。時間ごと破壊されてしまっては、流石に神である自分もどうなるかは分からない。
「僕もあなたと同じだ。この世界で望みが叶わぬなら、また別の世界を探す。別の力を求める。それが、人を超えた僕の生き方だ」
「フッ、そうだな。人が羨むような永い寿命も、俺達には苦痛でしかない。自分の野望の為に………それだけが支えなのだからな」
共感を持てたということは、クダイが本気で世界を破壊しようとしているのだと理解したということ。半信半疑ながらも、ヴァルゼ・アークはソニヤから刃を離すと、全神経をクダイへの警戒に注いだ。
「次は手加減せんぞ」
「最初から望んでないよ。生きるか死ぬか。僕達にはそれしかない」
二人が二戦目の前座を始めた時、
「シズクは誰にも渡さない。世界も破壊なんてさせない!」
ソニヤが急に叫んだ。
だが、異変はあった。
体が淡い光を帯びている。
「これは………!」
驚くヴァルゼ・アークに、
「起こされたみたいだね………奇跡」
クダイが苦言を刺した。
何がソニヤに起きてるかは分からないが、数秒前までただの人間だったのだ、どうやら警戒すべきはクダイではなくなったようだ。
「あんた達の好きにはさせない!」
それはシズクにも。淡い光に包まれ、ソニヤに共鳴している。
「クダイ、一時停戦だ。二人を止めるんだ!」
「“一時”………で済めばいいけど。どう見たってこれは………」
光が強さを増すに連れ、とてつもないエネルギーを圧縮し始めている。
「お前はソニヤを!俺はシズクを止める!」
神であるヴァルゼ・アークが焦りを見せた。
「仕方ないか。出来るならゴッドインメモリーズは手に入れたいからね」
そう言い、ヴァルゼ・アークより先に飛び出した。
本能が警笛を鳴らす。逃げろと。二人の人を超えた者に。
しかし、強くなり過ぎた二人には、その音は聞こえていなかった。