第五十四章 人を超えし者 ~中編~
それは常識を逸していた。
別に、ソニヤの常識が特別足りない訳ではなく、ただ二人の男の戦いが次元の異なる位置にあるだけ。鍔ぜり合う一瞬を除いては、その姿を拝むことは出来ない。
それでも、空間には熱気とプレッシャーが充満している。
「これが………戦うってこと………」
聖剣だと言われ委ねられた剣は、手に馴染んではいない。理由は分かっている。小さな手が、一度も血に濡れていないからだ。
クダイも、ヴァルゼ・アークも、迷わずに相手に対して刃を突き付ける。それは、躊躇い無き勝利への執念。何度も血に濡れて来た証。
何のために、誰のために血に濡れて来たのか。シズクを助けたいと思うことは、血に濡れなければならないということなのか。自問はするが、答えは出ない。
「ボクは………」
勇気はあるか?胸に手を当て、最小限必要なものを自分の中に探す。
おおよそ人とは呼べない連中だ、実力は遠く及ばない。サマエルでさえ、一撃の下にやられたのだから。
勇気は、二人に挑む為ではなく、シズクをここから連れ出す為に。十字架に括られたジーナスが、自分のところに現れ、聖剣アスカロンを手渡された真意は問えないままにはなるが、シズクだけは助けたい。
「みんながシズクの力を欲しがってる。………そんなこと、させるものか!シズクは物じゃないんだ!」
力強く、自分に言い聞かせた。
命のやり取りは、誰としても勝てない。だからと言って、このまま何もしないのは嫌だ。
クダイが現れたのは非常に運が良かった。何故なら、シズクを助けることに専念出来る。
どうするか?決まってる。
「迷うな、ソニヤ。やるんだ。シズクを………」
自分を奮い立たせるその呪文は、怯えだとか、戸惑いだとか、その類の負の感情をエネルギーに変える。
「助けるんだッ!」
なりふり構わず走る。目的地はたかだか数十メートル先。アスカロンで、シズクを吊してるロープを切り、この神殿から、冒涜の都から脱出する。あれこれ考えたプランなど無い。無くていい。頭を使うのは苦手。身体を使ってなんぼ。
一直線に走り数十メートルを走りきる。
「シズク!」
気を失ってるシズクに叫ぶ。すると、「うぅん………」と微かに反応を見せた。
「シズク、ボクだ、ソニヤだ」
今度は一転して声のボリュームを下げ後ろを確認した。クダイとヴァルゼ・アークが戦いに夢中になっててもらわないと困るからだ。
「目を覚まして。シズク!」
ソニヤの想いはシズクに届き、
「………ソニ……ヤ?」
シズクはうっすらと目を開けた。
「助けに来たよ、シズク」
ソニヤが喜びの笑顔を見せると、シズクもまたぎこちないながらも微笑んだ。
「待って、今、綱を切ってあげるから」
「うん」
そして、アスカロンを振りかぶると、
「幼いくせに案外抜け目が無いんだな」
背後からソニヤの喉元に冷たい刃があてがわれる。
それは、ヴァルゼ・アークが持っていた黒い刃の剣。
ヴァルゼ・アークは、カツンカツンと足音響かせソニヤの正面に周る。
「力無き者は頭を使え。………だが、力無き者に信念は貫けない。ジーナスが選んだ勇者にしては、期待外れだ」
クダイは?ソニヤは後ろを振り向いた。そこには、息絶え絶えに片膝を着いてうなだれるクダイがいた。
どうやら、勝負はあったらしい。
「クダイも、羽竜も、初めて会った時は頼りなく弱かったが、命知らずな面もあった。そして、それが時に奇跡を起こす。その連続が、アイツらを強くした」
過去に何があったかは知らないが、ヴァルゼ・アークはソニヤに不満らしかった。
いや、どうやらクダイ達と久しい再会が嬉しいのかもしれない。
「シズクは渡さない」
そんなヴァルゼ・アークに、きっぱりと言った。それだけは譲れないからだ。
クダイやサマエルが勝てない相手だ、1000パーセント勝てる見込みはないが、逃げるわけにもいかない。
「ソニヤ!駄目よ!殺されちゃうわ!」
「やってみなけりゃ分からないさ。ボクだって、やる時はやる!」
自信などこれっぽっちも無いが、後には退けない。
「勇気とは呼べんな。あまりに行き当たりばったりだ」
「だったらなんだってんだ!無謀だって奇跡は起こるかもしれない!」
「感化されやすいヤツだ。ま、若いとはそういうことでもある。いいだろう、ゴッドインメモリーズを手に入れるには、お前の力も必要だし、早いとこケリをつけてやる」
存分に力を震える相手ではないが、ヴァルゼ・アークは手を抜いたりはしない。
何故なら、奇跡が起きる怖さを知っている。奇跡とは、起こした側にだけ都合がいいもの。 天文学的な確率でも、奇跡は起こる。その権利は、ソニヤにもある。起こさせない為に、全力で阻止する。
「かかって来い、ソニヤ。一秒とかからず終わらせてやる」
牙を剥き出しの悪魔へ挑む。
「行くぞっ!」
少年は、勇者となる為に。