第五十四章 人を超えし者 ~前編~
「貴様………あの時の少年か……?」
「信じられない……か。ならば、証拠を見せましょう」
そう言って、クダイは右腰の鞘から黄金の剣を抜く。
ただでさえ明るいガラスの空間を、更に明るくする黄金色。
「それは、ジャスティスソード!」
「どうやら、信じてもらえたようだ」
「………そうか。シュナウザーとセルバが言ってた腕の立つ剣士とは、“お前”のことだったのか………クダイ」
ヴァルゼ・アークの記憶の中にあるクダイとは、体つきも顔つきも違う。無論、記憶の中のクダイは少年で、今、目の前にいるクダイは青年。面影すら無いほどにたくましくなった。
「フッ。こんなところに居るところを見ると、あの時、サンジェルマンから世界は救えたのか。………あの世界で唯一の頼みの綱だったお前は、とてもじゃないが、強さの欠片もないひ弱な少年だった。奇跡だな」
「いや。サンジェルマンは倒したけど、ジャスティスソードの力に世界が耐えきれず、全て砕いてしまった。まるで、ガラスのように。………僕は、世界を救えなかった」
「なら、なぜお前はここにいる?世界は砕かれたのだろう?」
「最後に戦った場所は、時空間だったんだ。世界は砕かれてしまったが、僕は時空の歪みに呑まれてね。………幸か不幸か、生きて居られる」
淡々と答えてはいるが、時空の歪みに呑まれて、ただ助かるわけがない。
そこには、地獄のような日々があったことは、ヴァルゼ・アークにはよく分かり得た。
クダイから漂うオーラは、羽竜やサマエルのものとは違う異色のもの。地獄を生き抜いて来た者、特有の気配だ。
「幸か不幸か分からずして、一体何を目的として生きているのだ?」
「壊してしまった世界を、もう一度創造する為。恋をした女の子にもう一度会う為さ」
「面白い夢物語だ。そんなことが可能だと信じてるのか?」
「可能さ。確信がある。それより、あなたはどうなんだ?まだ宇宙を無に還すなどと企んでいるのか?」
「それ以外に、俺が生きる理由はない」
「それこそ不可能な話だとは思わないのかい?」
「なんだと?」
「だってそうだろ?無から宇宙が生まれ、宇宙が幾千の時を刻んで僕達がいる。既に流れ過ぎ去った時間があるんだ。何も無かったことになんて出来やしない」
ヴァルゼ・アークが考えることは、因果関係があるからその考えに至るのだと、そう言っている。
「あなたは、本当は分かってる。ただ、行き着く先の無い旅になってしまうのが怖いんだ。そう、きっと羽竜も」
「口の達者な男になったじゃないか。そして、説得力がある」
「あなたほどじゃない」
「謙遜するな。本音で言ってるんだ。お前が、それだけ試練を乗り越えて来た何よりの証だ」
「光栄だね。神様からそんな風に言われるんだから。ま、素直に喜んでおくよ」
「羽竜も、お前のような成長をしていたなら、もっと強くなれるのだがな」
「そういや、羽竜と剣を交わしたけど、僕の勝ちだった」
「………死んだのか?」
「いや。突然、辺りに炎が舞い上がって、誰かに連れて行かれたよ」
「フッ。アイツも人に助けられることがあるのか」
敵であるのに、羽竜のことになると眼差しに温かみが出る。本人は気付いてないのだろうが。
それはそれで案外、羨ましくもある。サマエルと羽竜もまた然り。自分はあの日、人を超えた時から孤独。覚悟はあったはずだ。なのに、ヴァルゼ・アーク、羽竜、サマエルに再会して、胸が高揚したのは事実。その感覚と、今は正面からは向き合えない。
孤独でいいと思っていた自分が、何かを求めてる。その何かを、勘ぐる勇気はない。それは、自分の信念と、これまでの生き方を否定してしまうであろうものだから。
一時の楽しさは、一時の楽しさ。果たすべき目的は果たさなければならない。
「魔帝ヴァルゼ・アーク。シズクは僕がもらう」
「………いいツラをするようになったな。羽竜とは違う覚悟のあるツラだ」
「ありがとう。あなたに認められるとは思わなかった」
クダイは、左の鞘からダーインスレイヴを抜き、二刀構える。
「ほう。二刀流か」
派手な構えではないが、隙の無い構え。ヴァルゼ・アークを感心させるには充分だった。
「僕は、自分が思うより、きっとあなたが思うより強くなった」
クダイが、そう自信をあらわにすると、
「分かっていると思うが、生半可な強さでは、俺は倒せんぞ」
「もちろん。あなたは、羽竜やサマエルとは違う。でも、勝たなくてはならない。シズクを奪い、ゴッドインメモリーズでシトリーを探すんだ!」
「よかろう。惚れた女の為に、命を賭けることは男の本懐。受けて立つに、申し分ない理由だ」
悪魔の瞳がギラリと光った。
「来い、クダイ!」
「言われるまでもないッ!行くぞ!ヴァルゼ・アーク!」
人を超えし者。選ばれた者達だけが行き着く領域。