第五十二章 順番
「随分と腕を上げたな。見違えた」
ヴァルゼ・アークがサマエルを讃えた。剣と剣が火花を散らし、二人の姿は速すぎて捉えられない。ソニヤとオリシリアには。
それでも、サマエルは純粋に讃えられたにもかかわらず、素直には受け入れられない。
「不服か?」
そう二言目を発した悪魔の神は、涼しい顔をしているからだ。
「強さに自惚れて、腕が落ちててくれたら助かったんだがな」
皮肉混じりにヴァルゼ・アークに言う。
実際、相当腕を磨いて来た自負がある。しかし、それはヴァルゼ・アークも同じだったのだと気付く。
神という種族柄、強さのレベルは桁外れだ。それを自覚している神々は、大抵足元が留守になるのだが………この男だけは別のようだ。
「神々ですら恐れた神。底無しだな。貴様の強さは」
冷や汗がサマエルの背中を流れる。いい勝負が出来ると踏んでいただけに、その想いは一気に絶望へと化ける。
どうしても超えられない神という種族の壁。その向こう側へ、踏み入ったつもりだったが、遠く及ばぬ実力の差。
「強さを極める………そうだな、さしずめ今のお前は鬼神。強さを語るに相応しい。だが、どんなに強さを求めようと、俺を超えることは出来ない」
「その鼻っ柱をへし折ることだけを考えて来たんだがな」
「永い時間を掛け俺を追って来た礼だ。最高の技で葬ってやる」
闇のオーラが燃えるようにヴァルゼ・アークを包み、手にした黒い刃の剣に注ぐ。
勝てないと察しながらも、サマエルは最後の足掻きを決める。
諦めず、終わりの一瞬まで。奇跡なんて信じる柄ではないが、常に羽竜がそうするように。
「受けてみよ!サマエル!フェルミオンプレリュード!」
放たれたヴァルゼ・アークの技が、轟音を奏でながら襲い来る。
避けることは不可能ではないが、後ろにはソニヤとオリシリアがいる。取るべき足掻きはただ一つ。
「フン!望むところだ!」
面積の広い刃を持つサマエルの剣カオスブレードが、真っ向から受け止める。
「クッ………何というパワーだ………」
ヴァルゼ・アークの放った技がカオスブレードに当たった瞬間、身体が押され衝撃が走る。
流石は神。などと感心はしない。分かりきっていたことだ。
「このまま、あっさりと死ぬものか。せめて………」
刃に映るソニヤを見る。
「後に繋げる。お前ならそうするよなあ?………羽竜」
残念ながらソニヤに繋げても期待は出来ない。それでも、この状況では、ソニヤも逃げるわけにはいかないだろう。
シズクを想うなら、ソニヤは一人でもヴァルゼ・アークに立ち向かうはず。その勇気の一押しをする。
「ソニヤァッ!」
刃に映っているソニヤの顔が頼りなく、呼ぶ声も怒号になる。
「は、はいっ!」
サマエルの背中越しに見る戦いは、別世界のもの。咄嗟に呼ばれても、“らしい”返事は出来なかった。
「最後まで諦めるなッ!自分が進む方向だけ見ていろッ!」
何を言われてるのか分からなかった。ただただ、螺旋階段を下へ降りるような感覚で身を任せて来たのだ。無理もない。
シズクのこと、ゴッドインメモリーズのこと、自分のこと、そしてこれからのこと。
サマエルが見せたいのは、勝てない相手でも、如何なる障害でも、諦めず信じることが出来たなら、奇跡を生むチャンスを手に入れられるという。
ソニヤは、奇跡でも手にしなければヴァルゼ・アークには勝てない。いや、逃げることすらだ。
視界では、悠然と悪魔の神が微笑んでいて、サマエルは………。
次にあの悪魔の神と戦うのは自分だと覚悟しなければ。
「サマエルーーーーーッ!」
オリシリアが叫んだ時、そう思った。