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第四十九章 扉の向こうへ

ただでは終わらない。そんな気がソニヤはしていた。

同じような気持ちをしているのか、前を走るサマエルに聞いてみたい気もする。きっと、今までに自分と同じ気持ちをして来たことがあるんじゃないか、そう思うからだ。

そう考え込んでいると、


「ぶわっ!」


急に立ち止まったサマエルの背中にぶつかった。

鎧がやけに冷たく、集中力を欠いていたソニヤを鞭打った。


「急に立ち止まんないでよ」


鼻っ柱を思い切り打ち、あのなんとも言えない不快感に、嘲笑われたみたいだ。


「大丈夫ですか?」


オリシリアは、心配して鼻を撫でてくれるが、恥ずかしいので遠慮しておく。その気遣いだけでありがたい。ところが、


「見ろ」


元が悪人面だし、優しさのスキルさえ怪しい男だから期待はしていなかったが、サマエルは至って冷静に“何か”を顎で促した。

促されるまま、“何か”を見る。


「誰か倒れてる!」


ソニヤが声を上げ駆け寄る。

オリシリアも、ソニヤに見せた気遣いを、早速、発揮して近寄って行く。その後で、サマエルが我知らずと続く。


「死んでる?」


ソニヤが口元に手を当て、生死を確認する。と、とっさに手を掴まれた。


「ひっ!い、生き返った!」


力強く、とても死人の成せる業ではない。

必死に振り解こうとするが、怨念なのか、それは叶わない。


「………き……君…………は………?」


「しゃ、しゃしゃ喋ったあ!サマエル!早く早く!助けてよ〜!オリシリア!何とかしてよ!」


騒ぎ出したソニヤだったが、すうっと、オリシリアが脇まで来て、


「………お兄様………!」


青ざめた顔で呟いた。


「お兄様って?え?え?」


驚いたのはソニヤだけではなかった。


「………オ……オリシリア………!」


しばし、じっと見つめ合った後、


「なんで………お前が……………ここに………」


オラトリオが言った。

状況を飲み込めないソニヤは、掴まれた手が緩んだのを感じて、すかさず距離を取った。


「お兄様を追って来たのです」


「私を………?」


その理由を、すぐに分かった。 オリシリアの表情は堅く、冷ややかな瞳をしている。実の兄の悲惨な姿を目の当たりにしているというのに。


「こんな形で再会をするとは、運命とは皮肉なものですね。お兄様が家を出てから、今日まで一人で生きて来ました。………どうしても聞きたいことがあって」


「父と………母のこと………か………」


オリシリアは何も答えなかったが、他に理由が見当たらない。 絶命しかけている身分。細かく言い訳をする時間がない。幼い妹を残し、両親の敵討ちをする為などと言ったところで、オリシリアがすんなり納得してくれるほど話は浅くなく、流れた月日は、血まみれで床に平伏した兄に手を差し伸べることさえままならなくしてしまっている。


「ねえ、何がどう………むぐぐ…!」


口を挟もうとしたソニヤを、サマエルが邪魔をした。


「お前は黙っていろ」


ソニヤを黙らせた。


「父と母を殺したのは、お兄様………あなたなのですか?」


「………今更、真実を求めて………どうする。過ぎたことだ………」


真実を告げて、信じてくれたとしても、それはそれで望まない。オリシリアは、自分に復讐する為にここに来たのだと、オラトリオは思っている。だが、兄として、美しい妹が復讐の為だけに生きて来たとすれば、これほど悲しいことはない。

いっそ、その復讐の人生を終わらせてやるのが、今後のオリシリアの為ではないかと、そう思う。真実を告げ、新たな復讐の火種を生む必要はない。


「答えて下さい。お兄様が、息をしているうちに」


「………愚かな兄だ………許して欲しい」


「……やはり、お兄様が!」


咄嗟にナイフを出し、振り上げ、勢いをつけて振り下ろす。

その手を、止められる。


「サマエル!」


「もう死んでいる」


「離して下さい!なぜ止めるのです!あなたには、理由を話したではありませんか!」


「ああ」


「なら…………!」


「虫の息であるにも関わらず、実の妹に手を差し伸べられなかったんだ。充分に復讐は果たされた」


「そんな屁理屈を!」


振り払おうと試みるが、それでも尚、サマエルは離さず、


「無意味に血に染まる必要はない」


オリシリアを見つめ、力強く言った。

ワナワナと震えていたオリシリアも、やがて気が抜けたのか、


「ズルイ人ですわ。わたくしに好意があるのを知って、そんな目をなさるのですから」


ナイフを落とした。


「なんだよ。ボクだけ除け者か?」


口先を尖らせたソニヤを、サマエルは微笑し、


「そんなことを言ってる場合じゃない。次の部屋が終着点だ」


憮然と空間を占領する扉を見た。

そして、どうしてそんなことが分かるのかと聞かれる前に、


「強い気配を感じないか?」


言われれば、確かに重苦しいようなものを感じる。それが、サマエルが感じてるものと同等なものかは定かではないが、第六感が疼く。


「オリシリア。お前はどうする?」


「最後までお供致しますわ。もう、本当の一人ぼっちですもの」


オラトリオに視線を落とし、虚しさを覚えた。意気込んでここまで来ただけに、達成されたかは別として、目的を無くした彼女に、これからのことまでは考えようもなかった。


「お前は?」


「聞くな!シズクを助けるんだ!」


息を荒げ、サマエルに噛みついた。

一応、二人は自らの意志で決断した。わざわざ確認したのは、扉ひとつの向こう側からは、責任を持てない気がしたからだ。

守ってやろう………などという気持ちが根底にあるかは分からないが、サマエルにも情なるものがあるのかもしれない。


「ククク………聞くだけ野暮だったか」


隙間風が、サマエルの青い髪を揺り動かした。“行け”と。


「心しろ。後戻りは出来んぞ」


いざ、運命の渦へ。


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