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第四十八章 邪魔者

「ぐあっ!」


ガラスの壁を何枚も突き破り、羽竜は派手に転び落ちた。

破片が鎧で覆われていない皮膚や顔を傷ついているのに対して、


「やっぱり僕の勝ちだ」


加害したクダイは、微塵も傷を負っていない。

上体を起こしかけた羽竜の首を鷲掴む。生かさず殺さずほどの力を入れて。


「あ……あぐ………」


「ヴァルゼ・アークを追うあまり、腕を磨くのを怠ってたようだね」


「……る……るせー………」


「羽竜。どうして分かってくれないんだ?この戦いには、ヴァルゼ・アークが絶対に絡んでいる。今は、僕と手を組む方が得策じゃないか」


クダイは、羽竜から手を離し、羽竜を立たせる。

優良なビジネスのようなもの。対等に向き合い、互いに足りない力を補う。そうすることで、誰にも負けない、無敵になれると思っている。


「ふざけんな!アイツは俺が倒すんだ!誰の力も借りねぇ!」


「………困るなあ。君のは立場は僕より下だ。対等にしてやってるうちに、よく考えたまえ」


「よく考えるまでもないな。自分の欲望の為に、他人を巻き込むのは趣味じゃねー。だからと言って、そんなことを平気でやろうとする、お前やヴァルゼ・アークを見過ごすつもりもない!」


「綺麗事を………そんなに英雄になりたいか?」


「そういうつもりもねーよ。元々、俺はヴァルゼ・アークを倒すことだけが目的だ。お前らが口癖のように言う、英雄だとか神様だなんて話、興味が湧かねーんだよ」


無駄話。どんなに話し合っても、分かり合えない。

正しさではなく、信念、あるいは生き方、在り方の問題。証明は、強さを持って。


「………結局、お前は弱虫のまんまなんだよ、クダイ」


「………僕は弱虫で結構」


「過去に捕らわれて、心に開いた穴を埋める為に、自分のやること全て肯定する。前を向くことを諦めたんだ」


「なんにも知らないくせに………!いい加減、腹が立って来た!好きな人に会いたいと思うことが、そんなに弱いことか?!」


「居なくなったヤツを追い求めても、どこにも辿り着けねーよ」


「辿り着いてみせる」


クダイが二本の剣を構える。

分かってもらえないのなら、消えてもらうまで。

羽竜もトランスミグレーションを構えるが、


「………!」


フラついた。一瞬だったが、目眩がした。

クダイは気が付いていないようだが、かなりヤバかった。

少し前から、あまり体調も良くないのも事実だ。


(チッ。こんな時に………どうしちまったんだ、俺の身体)


体力だけは自信があった。“普通の人間”の時から、病気ひとつしたことがない。

それだけに、経験の無い感覚に戸惑う。


「どうした、羽竜?」


「なんでもねーよ。いいから、かかって来い!」


そう言って、戦闘体勢を取ろうと踏ん張ったが、


「………くっ!」


膝の力が抜け、崩れ落ちる。


「………おいおい、マジか?」


今度はさすがに誤魔化せなかった。


「い、いいから来い!先を急いでんだ!」


かろうじて、口だけは勢いを落とさないが、崩れた体勢は元に戻せない。それは、羽竜が自分で思っているよりも深刻な状態であることの証。

皮肉なことに、本人ではなくクダイがそのことに気付いてしまう。


「具合が悪いようだね」


「き………気のせいだ。俺は………」


「苦しい言い訳だ。いたたまれない」


羽竜の状態が一気に悪化していく。大量の汗、視点の定まらない眼球。馴染んだトランスミグレーションと鎧が、とてつもない重量感をもたらす。


「クソ………クソ!」


やられる。初めて命の危険を知る。寄りによって、弱虫だったクダイに。


「何か悪いものでも食べたのかい?………ああ、生水は気をつけた方がいい。次亜塩素酸ナトリウムや次亜塩素酸カルシウムでのバクテリアの殺菌がされてないだろうからね。そもそも、そんな化学薬品すら存在しない世界だ、口にするものは気をつけないと」


口角が上がった。羽竜が危険を感じているのと同時に、クダイにとっては最大のチャンスだ。


「こんな決着は望んでなかったけど、これも運命なんだろう」


クダイは、二本の剣のうち、ダーインスレイヴを鞘に収め、ジャスティスソードだけを羽竜に向ける。


「ヴァルゼ・アークに伝えることはあるかい?サマエルやソニヤにでもいい。それくらいは、してあげよう」


クダイに一人で喋らせておくのはしゃくに障るが、言い返す力も失われ、


「……………チクショウ」


意識までも失った。


「羽竜………君には相応しくない終わり方だね。遺憾だ」


倒れた羽竜の背中に、ジャスティスソードを突き立てた。その時………


「!!」


突如、辺りが業火に包まれる。


「ぬっ!」


その熱気に、思わず顔をしかめる。


「なんだ………この炎は?!」

尋常ではない。火事になるような熱源はなかったはずだ。

ガラスの壁が音を立て割れる。

事態を飲み込めないでいると、どこからか声がする。


「彼に剣を突き刺しても、また復活するぞ」


低く、落ち着いてはいるが、若い声。


「誰だ………?」


クダイも、冷静になって声の主を探す。


「………姿を見せる気はないんだろ?フン、誰だか知らないが、今の羽竜なら復活することはない」


「……………。」


「こんな厚かましいほどの業火で邪魔をするんだ、そういう意味じゃないのか?」


「議論は皆無にしよう」


「なら剣を交えればいい。この鬱陶しい炎を追い払って!」


微かに感じた人の気配に向かって、ジャスティスソードで斬りつける。

炎が大きく裂けたが、そこには誰も居らず、


「お前と戦うのは俺じゃない」


声だけがする。


「困ったね………議論も戦いも拒否か」


すると、炎が瞬間的に吹き上がったかと思えば、クダイが顔をのけぞった間に、消えてしまった。………羽竜と共に。


「………チッ、消えたか」


舌打ちをするしかなかった。


―やりたいようにやればいい。誰にも止める権利はないんだ―


最後に男の声が響いて、その場から去ったことを示唆した。

フラストレーションは残ったが、どこか妙な雰囲気だった。


「………誰だったんだ?」


戦闘にならなくて良かったかもしれない。熱源の無いところで、あれだけの炎を起こす人物だ、勝率は危うかった。

しかし、その妙な雰囲気の原因は分かっている。


「僕と羽竜を知っている人物には違いない」


羽竜を殺そうとした時、“また”と言った。

“また”復活すると。

反乱軍のアジトで羽竜と戦った時、クダイが一度、羽竜を倒したことを知っている。

無論、あの時、こんな炎を扱える人物は居なかった。だが知っている。後にも先にも、羽竜と剣を交えたのは、あの一度きり。


「まだ道のりは長いってことか」


地図の無い旅。どんなものでも糧にしなければならない。


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