第四十四章 影
「ねぇ、ひとりにしてよかったの?」
駆け足を止めずに、ソニヤはサマエルに聞いた。
クダイに引導を渡す………そう言って残った羽竜が気掛かりでならない。
「残ると言い出したのは羽竜だ。放っておけ」
「でも、三人で相手すれば………」
そう言った途端、サマエルが足を止めた。
「ソニヤ。羽竜はお前になんて言った?」
「え?」
「この世界を、お前と共に救うと言ったのか?」
言われてみれば、どうだったか覚えていない。バジリア帝国を止めろとジーナスに言われ、成り行きで旅をして来ただけだ。それに、羽竜にはハッキリとした目的があるのを思い出した。 ヴァルゼ・アーク………確か、そんな名の人物を捜してると言っていた。
「言って………なかったと思う」
一緒に居たから、本来の進むべき道が違うことを忘れてしまっていたのだ。
「アイツは………羽竜は、ああ見えて誇り高い男だ。加勢されて得た勝利など、アイツには何の意味も持たない。クダイには深い因縁があるようだし、好きにさせておけ」
そう語るサマエルも、羽竜とクダイ、両方と因縁があるようだが、果たしてその因縁に決着を望んでるのだろうか?
よく分からない男だが、その目線は、置いて来た二人を想っているように見えた。
「ソニヤ。あなたにはシズクを救出するという目的があるではないですか」
オリシリアが何時になく真剣な眼差しをする。
「分かってるよ」
「では、先を急ぎましょう。あなたの助けを待ってる人がいるんですから」
「うん!」
力強く頷いた。彼女の言葉の通り、今はシズクを助けなければならない。
ソニヤは想う。失ってから気付く大切なものなど、何の価値も意味もない。大切なものは、いつも傍に置いて、失ってはならないものだと。
憚る者。羽竜にとってはクダイ。クダイにとっては羽竜。譲れない信念を掲げ、二人は友人としてではなく、倒すべき敵として対峙している。 闇まで飾り立てるガラスの塔は、あてがうように殺気を充填する。
「羽竜、この前で僕の実力は分かってるはずだ。おとなしく身を引くことを勧めるよ」
「この前は油断しただけだ。まさか、お前があんなに強くなってるとは思わなかったからな」
「フッ。負け惜しみだね」
「なんとでも言え。もう一度やれば分かる」
羽竜は愛剣トランスミグレーションを、利き腕の左手に持ち替える。
「………なぁ、羽竜」
「あん?」
「あの頃みたいに、君は数多の世界を旅して、一度でも望むがままに救えたことはあるかい?」
「なんだよ、唐突に」
「以前、神のように振る舞うなと言ったね。世界をどうこうするなんて思い上がりだと」
「さあな。覚えてねーよ」
「言ったよ」
「だったらどうだってんだ?逆恨みしてんのか?」
違うと言わんばかりに、クダイは首を振り、
「君が膨大な時間を掛けながら、未だにヴァルゼ・アークを倒せない理由だ。世界をどうこうする力を持ちながら、その域に達してない者をサポートするような行動しか取らない。心のどこかで、自分がしゃしゃり出ていいか悪いか、常に考えてる。君は、世界を救える立場に居ながら、自らが救うことを拒否してるんだ。だから、きっと今まで世界を救えたことなんて、あったとしても極僅かなんだろうって、そう思っただけさ」
「俺が世界を救うことを拒否してる?ケッ、んなわけあるか!救える世界なら、全力で救うに決まってんだろ!余計なお世話だ!」
「あははは。そうかい。それは失敬」
「お前はどうなんだ!シトリーに会いたいが為に、無関係な世界をどうにかするなんて、許されねーってわかんねーのか!」
「許されない?誰にだい?」
「誰に………って」
具体的に審判を下す存在を知ってるわけではない。ただ、常識みたいな感覚で言ったまで。
「羽竜。もう現実から目を背けるのはやめないか?」
「そりゃ、どういう意味だ?」
「君はかつて、自分は普通の人間だったと言った。それは僕も同じだ。でも、今は人の領域を超え、特別な存在にある。そして、僕達は分かり合えないまま、戦うという選択で持って、自分達の正しさを証明しようとしている。………僕達がこの世界で出会ったのは偶然なんかじゃない。強い力に導かれ、再会すべく再会したんだ」
クダイという男が、つくづく面倒に思える。言いたいことを回りくどく話す。そういうのは苦手なだけに、イライラも全開になる。
「ハッキリ言え。意味がある再会なら、受け入れるまでだ」
「なら言おう。僕達はこの世界に、“神”として呼ばれたんだ」
「………なんだって?」
「そこで亡骸になっているシュナウザーが言っていた。シズクが現れる十数年前にも、ゴッドインメモリーズの使い手がいたと。ゴッドインメモリーズは、使い手本人が使用することは出来ない。まあ、詳しくは省いた方がいいだろうから省かせてもらうが、その時に、ゴッドインメモリーズは発動している」
「……………。」
絶句したわけではない。話し方や目を見れば、クダイが真実を語っていることは分かる。ただ、召喚されるべき神々が、自分達であるということが、すんなりと溶け込まない。
「証拠は?」
「必要ない」
「ゴッドインメモリーズが発動して起こり得るのは………」
「世界のリセットだ」
どんな状態でそれが起こり得るかは謎だ。
そして、発動している中で、更にゴッドインメモリーズの発動の可能性を示唆するかのようなシズクの存在。この世界の歴史も何も知らない以上、全てはやはりジーナスに聞くしかない。二人は、ややこしくなりかねない現象に顔を歪めたくなる。
………が、しかし、クダイはその矛盾にも取れる現象に仮説を立てる。
「この戦いの裏に、ヤツが居る。そんな気はしないか?」
クダイが言うと、
「正気か?」
それが誰のことかは、確認する必要はない。
「こうして君に話すことで、ひとつ仮説を立てた。十数年前のゴッドインメモリーズ発動の時、その頃からヤツはこの世界に居て、ヤツが僕達を召喚したんじゃないかって」
「なるほどな。そいつは有り得ない話じゃないな。俺も、この世界に来た時から、アイツの臭いを感じてた」
二人が共通して話す人物。戦いを裏で傍観し、また、当事者として君臨している。
「僕達は彼に呼ばれたんだ」
「魔帝ヴァルゼ・アーク。やっぱりアイツが一枚噛んでるのか」
そう考えると、両者共に迂闊に手を出せない。
幾つもの思惑は、たったひとつの存在に呑まれ掛ける。
個人の思考でさえ、既に決められた運命だと、そう語る男に。