第四章 Emotional Pain
運命に呑まれて行く自分を、ソニヤは感じ始めていた。
女神の話を羽竜にし、羽竜の話も聞いた。
俄かに信じ難い旅物語だったが、鎧を纏ったり、消したり、また赤い刃の剣も同じようにして見せてくれた。
信じないわけにもいかなかった。
「じゃあさ、そのヴァルゼ・アークって男が帝国にいるってこと?」
羽竜の話では、ヴァルゼ・アークという男が、世界の中枢にいつもいて、得体の知れない力を手にしようとしているのだとか。
ソニヤの話から、帝国にヴァルゼ・アークがいる可能性は高いらしい。
無論、羽竜が見せてくれた力を、ヴァルゼ・アークも帝国の人間に見せていたら………きっと異世界の住人だと信じるだろう。
「まあ、可能性はあるな。底辺の生活が出来なそうな男だし。なんつっても、神様だ」
「か、神様ぁ?」
「悪魔のな」
やっぱり信じ難い。しかし、やっぱり嘘を言ってるようにも見えない。
「それにしても………」
そんなことを考えていると、羽竜がキョロキョロと辺りを見回し、
「家族とかいないのか?」
不思議そうに言った。
それもそうだろう。羽竜は夜通し歩き、夜明けを確認してからソニヤと出会っている。
それから時間にして、差ほど経過はしていない。
つまり、早朝なのだ。どんな世界であっても、早朝には家に家族はいる。
だが、ソニヤ以外の人間をまだ見ていない。
しかも、家と言っても玄関らしき扉を開ければ、台所とベッドが一望出来てしまう。家族がいないだろうことは予想がつく。
「うん。ここには僕一人だよ。兄弟もいない」
笑顔で答えてくれたが、どこか淋しそうだった。
「両親は?」
「ボクが小さい時に病気で死んだ」
「二人共か?」
「うん。ちょうど疫病が流行っていた時代だったらしくて」
悲しみに堪えるソニヤは、見ていて辛いものがある。
また、ソニヤから見て、羽竜も悲しげな表情をしていた。
「村の人達に育てられたようなもんさ」
「………強いんだな、お前」
「ボク?強くなんかないよ」
「いいや。強いよ」
どんなに周りに良くされて来たとしても、それとこれとは別の話。
スープを作る手際の良さは、ソニヤの生きる努力が伺えた。
「で、どうするんだ?女神様のお告げ通り、帝国の野望を阻止するのか?」
「え……ああ、どうしよう?阻止するったって、羽竜とボクだけじゃ………だいたい、剣すら握ったことがないんだよ?正直、無理だと思う」
「でも、女神はお前を選んだんだ」
「それが謎だよ。なんでボクなんだろ」
「理由があるからさ」
「理由って………」
「今は考える必要なんてねーよ。行けばそのうち分かる」
「行く………って、どこに?」
「帝国に決まってんだろ!鈍いヤツだな、お前」
「お、怒んないでよ!」
どうやら、羽竜の心は決まっているようだ。というよりも、元より目的のある羽竜としては、目指す場所があった方がいいのだ。
「ソニヤ」
「………わかったよ。あんまり気が進まないけど、女神様の言葉通り、君と出会ったわけだし」
まだ変わりつつある環境に飛び込めないではいるが、拒否出来ない、有無を言わせない状況に抵抗する術を持っていない。
「なんだか急だな………」
「運命ってのは、いつも唐突なんだよ。いちいちこっちの都合なんか考えてくれねーよ」
もっともな意見ではあるが、釈然とするわけもなく、
「村のみんなに挨拶したいから、一日時間ちょうだいよ」
気持ちの整理はつけたい。
「好きにしろ」
すぐにでも行動したかった羽竜は、それはそれでこちらも釈然としない。
「じゃあ、羽竜も一緒に行こう」
「はあ?なんで俺が………」
「ボクだけじゃ上手く説明出来ないもん!」
奥手かと思ったソニヤに腕を引っ張られる。
「ちょっと待てって!」
「早く!」
意外に力のある辺りは、さすがは男子と言うべきか。
それに、口で言うほど迷いを感じない。
ソニヤの心が、羽竜という温もりに触れて、不安の反動で友達と遊びに行く感覚なのかもしれない。
この世界は夏なのか、朝から太陽の光が激しく降り注ぐ。
眩しさで目が眩んだ時、羽竜はソニヤの背中にかつての親友の後ろ姿を見る。
「蕾斗………」
ぐっと来る感情を黙らせ、必死に言い聞かせる。
思い出は囚われるものではなく、糧にするものなんだと。
もう遠い過去の夏。手の平で掬うことも出来なくなった時代を、ほんの少しだけ思い出していた。