第四十三章 ファイターズハイ ~前編~
「オレもまた聖剣の勇者だ」
シュナウザーは淡々と言ってくれた。
「嘘………でしょ」
嘘なんか言う雰囲気じゃないことくらい、シズクにだって分かってはいるのだが、最近耳にした記憶に新しいワードを、こんな場所で聞くとは思っていなかったのだ。
「いつの時代も人の世とは変わらぬものよ」
セルバ卿は、天使をかたどったガラスの彫刻を撫でて語る。
「権力を欲しがり、手に入れた者は理想郷を目指す。その犠牲は一言では語れない。世界の安定を保つ為、私達媒介が生まれた。そして世界が乱れた時、正しき聖者に未来を委ねる。世界のリセット、行く末は傲慢たる神々により運命付けられるのだ」
人が傲慢なら、人を創り出した神もまた傲慢なのだろう。
「でも、あんた達には別の目的がある。理屈を知っていながら、ゴッドインメモリーズを使って世界をリセットするなんて思えないもの」
「なかなか賢い女だ。その通りだ。オレとセルバには列記とした目的がある。神々に好き勝手させる気はないからな」
「世界でも牛耳ろっての?」
「そんなものに興味はない。大体、世界は既にバジリア帝国のもの。オレもセルバもその中枢にいる。敢えて権力を求める必要はない」
「じゃあ………」
「ゴッドインメモリーズを使い、ジーナスを倒す。今の世界はジーナスが築いたようなもの。彼女を倒さなければ、彼女にとってだけ都合のいい世界のままだ。ジーナスは自身が絶対神として君臨することを望んでいる。だが、事情を知るオレとセルバが、この冒涜の都で抑止している為に、思うように動けないでいる。今なら、ゴッドインメモリーズでジーナスを葬れる」
「私を利用するのよね」
「お前をセルバと融合させる」
「………融合って………そんなこと……人と人よ?不可能だわ」
「人ではない。お前は媒介だ。意思を持って生きているつもりだろうが、人の世に合わせて神々がプログラムしたに過ぎない」
きっと、不可能だと思えることもやってのけてしまうんだろう。自我さえプログラムだと言われても、シュナウザーに言い返す言葉も気力もなかった。
「言ってしまえば、お前もセルバも器だ。二つの器をひとつにし、お前を利用して今一度ゴッドインメモリーズを発動させる」
「矛盾してるわ。媒介がゴッドインメモリーズを使うのは禁忌だって言ったじゃない。私のゴッドインメモリーズを使うことは、器をひとつにする以上、禁忌に触れるのと同じよ」
「フッ。勘違いするな。ゴッドインメモリーズを使うのはオレだ。無論、神々が召喚されることはない。結果の見えないギャンブルルーレットをする気はないからな」
「神々の召喚があってのゴッドインメモリーズなんじゃないの?」
「なんでもそうだが………大きな力が働く一瞬前は、ゼロに等しい力に還元される。その一瞬を奪い、ジーナスに引導を渡すんだ」
「ジーナスジーナスって、ジーナスを倒すことに執着してるみたいだけど、何の得があるわけ?」
「それは………」
シュナウザーが言おうとした時、
「永遠に生きるセルバ卿と、何故か同じように生きる勇者シュナウザー。望むのは命の期限を取り戻すこと」
クダイが口を挟んだ。
横にはオラトリオが居て、シズクを落胆させた。
「クダイ………やっぱり曲者だったな」
「ご挨拶だな。でも、あながち間違ってはないと思うんだ」
「どうやら、無駄話が過ぎたようだ」
シズクにとっては、無駄話で延命したところもあるが、その結果が会いたくない男に会う悪循環を生んだのだ。
「クダイ。お前は時空間を移動してこの世界に来たんだったな。ならば、おとなしく別の世界へ行け。これはオレからの忠告だ」
「それはわざわざどうも。なら僕からも一言。君らの願いなら、ゴッドインメモリーズを使うまでもない。僕が叶えてあげるよ」
「奇っ怪な。お前が?笑わせるな」
「ずっと話を聞いていて、おおよそ見当はついた。ジーナスは自分が世界に留まる為に、アスカロンを君に渡した。けど、君はセルバ卿を殺せなかった。………禁忌の影響を共に受けるほどだ、愛してるんだろう?」
「盗み聞きの上に、要らぬ詮索とは………最低な男だな」
「何とでも言いたまえ。心中にゴッドインメモリーズを使わせてたまるか」
クダイの瞳がギラつく。
それが危険信号だと分かったシュナウザーは、
「セルバ。シズクを連れて先に行け」
「分かってる。お前はどうするつもりだ?」
「知れたこと。この先、コイツを生かしておいては面倒だ。ここで成敗しておく」
剣を取り、道を塞ぐようにクダイとオラトリオの前に立つ。
「もう少しだ。シュナウザー、くれぐれも下手を打つな」
そう言って、セルバ卿がシズクの手を掴み、走り出した。
「オラトリオ、セルバ卿を追ってくれ」
「わかった。負けてもらっては困るぞ」
「心配いらない。期待には応えるよ」
既に剣を抜いているシュナウザーに微笑みかけ、オラトリオの背中が見えなくなると、
「ゴッドインメモリーズを抑止する為の聖剣の勇者か。B級ノベルにしては良くできた話だ」
「なんのことだ?」
「いや………こっちのことさ」
ここまで来て話すことはない。両腰の鞘からジャスティスソードとダーインスレイヴを抜く。
「心中なんてナンセンスだ。………お伽話はハッピーエンドで終わらないと」
戦い、勝利することで時空に存在を刻む。
思い通りにならないことなど…………何もないのだと。