第四十二章 媒介の禁忌
「犠牲は少なくないが、ようやくここまで………辿り着くことが出来た」
シュナウザーは、冒涜の都という世界にあるガラスの神殿の中で、死んで逝った部下達を想っていた。
「ジーナス相手に、よくやってくれた」
セルバ卿も、今居るガラスの神殿に来るまでの労力は理解してるつもりだ。
内部の至る所に置かれてあるガラス細工に優しく触れ、肌で実感する。冷たく、温かみのない零度の感覚。映り込む自分の顔は、なんと勝機に満ちたことか。
「これで………ようやく願いが叶う」
誰に言うでもなく、セルバ卿はそっと呟いた。
シズクは掴まれていたシュナウザーの手を払い、
「願いって何よ」
セルバ卿に詰め寄った。
「フフフ。やっと口を開いたか。恐怖に屈したかと思ったわ 」
「あんた、本当に私と同じなの?ゴッドインメモリーズを使ったって、オラトリオとか言うヤツが言ってたけど。だとしたら、あんたも魔法使い………」
もし本当なら、セルバ卿は全ての疑問に答えうる唯一の存在になる。
「知りたいか?」
「そうね。是非知りたいわ」
互いに睨み合い、腹を探る。
「その通りだ。オラトリオの言った通り、私はお前と同じ、世界でただ一人の魔法使い………もっとも、もう何万年も前のことだが」
「ゴッドインメモリーズを使ったってのは?………ま、邪神が存在してるんだから、間違いないんでしょうけど」
「そういうことだ。だが、シズク。お前の知りたいことはそんなことではないはずだ」
シズクの知りたいこと………それは、自分が何者であるか。
セルバ卿なら明確な答えをくれるだろう。不安と期待が絶妙に混じり合う。
自分も何万という気の遠くなる時間を生きるのだろうか。………それはさすがに望まない。何となくではあるが、あんまりいい結果になるとは思えないからだ。セルバ卿に加え、クダイの振る舞い、言動は、悲壮めいていて、どこか絶望を感じさせる。異様なくらい捻れた雰囲気を。
「知れば後悔するかもしれんぞ」
シュナウザーの声が後ろから聞こえる。
「覚悟は出来てるわ」
鼓動が激しく身体を揺さぶった。本当にそれでいいのか、と聞き直されてるみたいに。
その覚悟に、セルバ卿は薄く笑い、
「ならば教えてやろう。お前も私も、人間ではない。私達は神々と人間との媒介なのだ」
「媒………介………」
「分かりやすく言うならば、魔法使いではなく、“魔法”そのもの。お前は、ゴッドインメモリーズそのものから創られた魔法ということだ」
絶句した。思考が止まり、時間さえ止まってしまったかのように視界が作用する。
「だから忠告したはずだ。聞けば後悔すると」
シュナウザーの声も、耳に入らない。
見かねたセルバ卿は、
「ゴッドインメモリーズを発動すれば、お前は消えて無くなり、神々の聖戦が始まる」
「ちょっと待ってよ。だったら、どうしてあんたは存在してるの?私と同じだってなら、ゴッドインメモリーズを使ったら今ここに存在するわけないじゃない!」
いきり立つシズクの若さを羨ましく思いながらも、
「不完全な発動だった」
一言でその若さに釘を刺す。
「神々の聖戦が世界に何をもたらすか分かるか?」
再びシズクをシュナウザーが黙らせる。
首を横に振るシズクは、その先の言葉を急かすように視線を送る。
「結論としては、新しい世界が創造される。無論、ただ創り変えられるだけではない。創り変えられた世界では、今地上に居る人間を始め、全ての生命も生まれ変わる。強制的にな」
「それで、何が変わるの?」
言葉をそこで止めた。あれこれ聞くより、聞かされていないと自分を保てない。
「ゴッドインメモリーズは、世界のリセットスイッチ。神々が戦い、勝ち残った神だけが望む世界を創造する権利を得られる。それは至上の平和かもしれんし、最悪の世界かもしれん」
「神様に好き勝手させるってことなの?冗談じゃないわ!簡単に世界を創るとか創らないとか、生命さえ創り変えられるなんて誰が許すのよ!」
「神だ」
シュナウザーはゆっくりシズクに近づくと、彼女の顎を持ち上げ、
「だが、希望もある」
「希望?」
「かつて、ゴッドインメモリーズによる世界のリセットに疑問を抱いた神がいた。その神は、媒介の持つゴッドインメモリーズを消し去ってしまう剣を創り、人間達にそれを与えた。誰にでも使えるのではなく、神に選ばれし者だけが扱うことが許される」
「まさか、その剣って………」
「聖剣アスカロン。その剣を持ってすれば、ゴッドインメモリーズを媒介ごと消し去ることが出来る」
クダイが読んでいた物語の結末の意味が理解出来た。
例えば、野望を抱く者がゴッドインメモリーズを利用しようとした時、止める術としてアスカロンが存在しうる。物語は、悪意ある者がゴッドインメモリーズを利用するのを防ぐ為、聖剣アスカロンを持つ勇者が媒介を殺してしまうのだ。
「シズクよ」
今度はセルバ卿が話し掛ける。
「私は、太古に自らの意志でゴッドインメモリーズを発動させようとした。それは本来、媒介には許されない行為。禁忌であった。それを破り、神々を召喚させるつもりだったのだが、そんな私の前に聖剣の勇者が現れた………」
淋しそうな瞳をしたかと思えば、それはシュナウザーを見ていた。
「媒介の意志でゴッドインメモリーズは発動出来なかった」
セルバ卿の代わりにシュナウザーが言った。
「殺すまでもなかった。媒介には禁忌を犯した代償として、永遠の時間を与えられたんだ。ゴッドインメモリーズの力を失い、死ぬことを許されない地獄の時間を」
「禁忌を犯したわりには、随分ありがたい代償なのね。気に入らないけど、あんたほどの美貌を持つ女なら、若さを保って永遠に生きられるのは願ったり叶ったりじゃない」
皮肉を受け止めたセルバ卿は、
「ならば永遠に生きてみるか?」
「え………」
「一人永遠を生きる孤独。どれほどに苦しいか」
そしてシュナウザーが、
「セルバ。お前は一人ではなかった。ずっとオレがいたじゃないか」
そう言った。
「さっきからの言い回し、あんたもしかして」
シズクの頬を撫でたシュナウザーは、
「太古、媒介セルバを殺そうとした聖剣の勇者だ」
時は引き継がれ、同じ音色を奏でる。
違うのは、そのタイミング。