第四十一章 黎明(れいめい)
セルバ卿とシュナウザーを追ってやって来た異空間。赤茶けた乾燥土がひびを入れながら広がって、空はグレー一色。辺りは戦いの残骸と、とてもじゃないが気分が鬱になりそうなところだった。
それでも、セルバ卿への復讐と、ゴッドインメモリーズを手に入れる野望を前にして、オラトリオは不遜としていた。
「帝国を護るべき兵士が最小限の数しかいなかったのは、こういう訳だったんだね」
世界の人口の半数がジーナスに滅ぼされ、そのジーナスを倒す戦力に出来るだけを注いでいた。納得出来る理由があった。
クダイは、先を歩くオラトリオに言った。
「でもオラトリオ。君には聞いておかなきゃならないこともある」
「セルバ卿のこと………か」
「ああ。正直、君の両親のことに興味はない。どうでもいい。僕が聞きだいのは、セルバ卿がゴッドインメモリーズを使ったということだ。それが本当なら、彼女もまた魔法使いということになる。それも、シズクの大先輩の。何万年も生きている………そのこと自体は信じてやる。だが、ゴッドインメモリーズを使ったというのは、どうにも信用ならない」
「どうして?何万年も生きているんだ。人じゃないだろうし、事実、彼女が認めたじゃないか」
そう反論したオラトリオに、古びた書物を投げつけた。
「これは?」
「恐らく、セルバ卿が処分しきれなかったゴッドインメモリーズに関する書物だろう。お伽話のようなタッチで書かれているが………僕は、これが過去に起きたことを書いた歴史書だと確信してる。そして、その結末は、ゴッドインメモリーズを使う魔法使いが、聖剣の勇者によって倒されて終わってる」
パラパラとページを捲り、オラトリオは物語の結末に一応目を通すと、
「これが歴史書である証拠はない。私の両親が得た真実は、セルバ卿が太古の人間で、当時にゴッドインメモリーズを使ったということだけだ。何よりも、邪神であるジーナスがこの異空間より、永きに渡っていることが、ゴッドインメモリーズが過去に使用された証だ」
「………否定はしない。その書物の物語が、単なるお伽話である可能性もある。もしかしたら、セルバ卿よりもっと昔の話かもしれない。ただね、何かしっくり来ない。セルバ卿は、ジーナスを倒すことが真の目的なんだろうか?」
「ここまで来て今更何を。謎解きをしに来たんじゃないんだ。君には………」
「誰にも等しく真実を知る権利がある。僕はそれを行使しただけだ」
ゴッドインメモリーズを使う魔法使いが二人。しかし、セルバ卿がシズクを必要とする理由は、言うまでもなく自身が魔法使いとしての能力を失っているからだと推測出来る。
それは、魔法使いとは呼ばれていても、たった一度きりしかゴッドインメモリーズを使えない。そう解釈も出来る。
クダイは思う。セルバ卿が太古にゴッドインメモリーズを使った経験を有しているならば、シズクにゴッドインメモリーズを使わせる術も知っているはず。ならば、再びゴッドインメモリーズを発動させ、神々の聖戦とやらを起こしてまでジーナスを倒すだろうかと。
結果が約束されない魔法を、果たして使う理由はあるのかと。
自分に置き換えて考えてみる。神々に戦争をさせ、どんな利得があるか………結果が約束されない損失。その代償を支払ってでも等価値のある事象………
「………そういうことか」
ひとつ結論が出た。もちろん、正しいかは分からない。だが、セルバ卿が永き時間を生きている理由が、彼女の意志でなかったなら………クダイは秘めたる想いをオラトリオに気取らないように唇を結び、
「オラトリオ。やはり真実は知るべきだ。君も例外じゃない」
「君という男は………」
そして、二人の前にガラスの神殿が現れる。
「冒涜の都か」
“都”とはどうやら単なる通称で、“冒涜”というのも皮肉から付いたのだと理解出来た。
クダイはオラトリオの肩に手を乗せ、
「ゴッドインメモリーズを手に入れよう」
微笑んだ。
クダイもまた永き時間を生きる者。渦巻く多くの欲望と失望、希望と絶望の果てを見て来た。それでも尚、リスクを背負い高みの果実に手を伸ばす。
深き野望の黎明を信じて。