第四十章 暗示
「ここが…バジリア帝国………」
生唾を飲み込んで、ソニヤは巨大な外壁を見上げた。
堅牢な門構えは、来る者を全て拒んでいるようで、村育ちのソニヤには特に顕著に感じられる。
「そうです。ここが世界を支配するバジリア帝国です」
そんなソニヤに明確に、有無を言わさないようオリシリアが言った。
音が聞こえてしまうほどに生唾を飲み込んで、ソニヤは今一度、自分を見つめ直す。
羽竜とサマエルを当てにせずに、シズクを救えるだろうかと。無責任に他力本願は通じない。やるなら、誰が相手でも自分を頼らなければ………覚悟を決め、外壁より高くそびえ立った城をキッと見据え、
「大丈夫です。悪しき者に神の加護はありません」
ニッコリ笑うオリシリアは、かなり頼もしく見えた。
そんな二人のやり取りは余所に、
「どうした?顔色が悪いぞ」
サマエルは羽竜に言った。
「別に。ちょっと疲れただけだろ」
確かに少し気だるくはある。が、羽竜にとって、またサマエルにとっては、帝国に乗り込む行為などそれほど慎重になるようなことでもない。
「クク……足をひっぱるなよ」
「るせーな」
いつもの勢いのない羽竜に、少し気にはかかるが、サマエル自身も疲れが皆無というわけではないのだが。
「それにしても、見張りが居ないってのは不自然だな」
「クダイが片付けたんだろ」
それもあり得ると、サマエルは納得しかけたが、
「それだけならいいが………」
珍しく歯切れの悪さを見せた。
「行こうぜ。罠が仕掛けてあったって、どうせ進むしかないんだ」
そう言うと、帝国へと向かい歩き出した。
その入れ違いに、ソニヤと話を終えたオリシリアがやって来た。
真っ直ぐサマエルを見つめ、傍らに陣取る。
「サマエル」
「本当に一緒に行くつもりか?前にも言ったが、お前の用心棒までは務められんぞ」
オリシリアはこくりと頷いた。
「ええ。それで構いません。わたくしは、わたくしで兄を捜しますから」
「そうか」
健気なオリシリアに、不思議と生来感じたことのない感覚がある。
五感が鈍るようなふわふわ感。
「サマエル?」
「な、何でもない」
すかさずオリシリアから目を逸らして、背中を向ける。
「名前だけ……聞いておこう」
「名前………ですか?」
なぜ今更自分の名を尋ねるのかと首を小さく傾げると、
「お前ではない。お前の兄の名だ」
オリシリアは、それでもまだ不思議な眼差しをしている。
「会うことがあったら、お前のことを伝えられる。……なあに、世話になった礼だ。真実を知りたいのだろう?」
「ありがとう。サマエル。あなたの優しさ、とても嬉しく思います」
「優しい?フン、買い被りだ」
照れを隠すサマエルの背中に微笑みかけ、
「オラトリオ………それが兄の名です」
雲行きが怪しくなり、陽が遮られる。
何かを暗示させるように。