第三十九章 振り返る。己の為に 〜後編〜
「分からないな」
オラトリオが人類殲滅論者だとして、セルバ卿への復讐が関係するとは思えない。
クダイは、オラトリオを利用しようとしながらも、シズクを守るように心の距離を取る。
「セルバ卿が大昔にゴッドインメモリーズを使い、君の両親を殺害した。飛躍した思い出みたいだが、まず、君はどうしてセルバ卿がゴッドインメモリーズを使ったことを知ったんだ?」
心は距離を取っても、言葉はオラトリオを問い詰める。
答える義務がオラトリオにはある。拒否するならば、クダイは味方にはならないだろう。
「私の両親は、共に歴史家だった。誰も知らない歴史を次々に説き明かし、多くの手柄を立てた。ある日、その功績が称えられ、帝国は両親にゴッドインメモリーズのことを調べるように命じたんだ。初めは難儀したみたいだったが、やがて隠れた歴史が見えるに連れ、二人はゴッドインメモリーズへのめり込んで行った。………お伽話の中の出来事が太古の昔に起きていたこと。その時に召喚された神の一人が、この世界に干渉し、今も実際に帝国が戦っていること。秘密を暴いていくような感覚ってあるだろ?きっと二人共、そんな手垢に塗れたような、でも手放せないある種の妖気に侵されていた」
そこまで話すと、先の話と裏の話を理解したようにクダイが、
「しかし、知りすぎた二人は、バジリア帝国が再び神々を召喚し、聖戦を起こそうと企んでいると思い込み、反乱を計画した」
「………さすがクダイだ。そう、二人は世界が壊されることを恐れ、帝国を討伐しようとしたんだ。………私もその一員に加わり、武芸を身につけた。そして何もかもが順調にいってると思っていた矢先………セルバ卿は現れた」
セルバ卿は、オラトリオに睨まれると、
「………あの時の小僧か!」
ようやく思い出したらしい。オラトリオを見る目が変わる。
「思い出したみたいだな」
「フフフ。果敢に立ち向かって来る少年に、些か恐怖心を抱いたのを覚えておる。よもや、あの幼い少年が、こんなにすぐ近くにおったとは………なるほど。反乱軍に情報が筒抜けだったのは、お前のせいか」
「反乱軍など、所詮道具に過ぎない。私は、私の為だけにここに居る!」
「嘆かわしい。何万年と生きて来たが、人間とはなんとも嘆かわしい。特にお前のような自惚れの強い者はな」
哀れみの目で嘲笑う。オラトリオがどんな強い意志を持っていても、セルバ卿には勝算がある。
クダイにはそれが不気味に感じられる。
「僕達を人間と差別するということは、お前は何者なんだ?」
クダイが言うと、
「太古の昔は、世界で唯一人の魔法使い。最も、今は魔法など使えはせんが………シズク、お前がいる。私が使えなくとも、シズクがゴッドインメモリーズを使えばいい」
「神々に聖戦を起こさせて、一体何の得があるんだ?ジーナスを倒せたとして、それが望むことなのか?………どうなんだ、セルバ卿!」
ゴッドインメモリーズ発動後、オラトリオは具体的な案は持っていないが、かつて発動させたことがあるセルバ卿は別だ。
神々が召喚されて終わりでは、あまりに話に華がない。
「貴様らに答える義務はない」
そのクダイの疑いを砕くように、男の声がした。
カツン、カツンと、床を打ち鳴らし歩いて来るのは、
「シュナウザー」
「久しぶりだな。クダイ」
四将最後の男だった。
「おお!シュナウザー!よく来てくれた!」
「この状況を見る限り、ウェルシュ達はしくじったようだな」
セルバ卿の歓迎を無視し、シズクを睨む。
「な、何よ!」
「再びゴッドインメモリーズが必要となるとは」
グワッとシズクの二の腕を掴み上げる。
「い、痛いっ!なんなのよ!」
「シュナウザー、シズクを離せ!」
クダイは、すかさずジャスティスソードとダーインスレイヴを抜き構えた。
それは、シュナウザーが他の四将とは別格であることの表れ。
「離すわけにはいかんな。ジーナスを葬る唯一の手段だからな。大体、余所者に言われる覚えはない」
「………そう言えば、黙って引き下がると思ってるんじゃないだろう………なッ!!」
不意打ちをかけてはみたが、あっさりかわされ、
「悪いな。遊んでる暇はないんだ」
シュナウザーに胸を蹴り飛ばされた。
「なんて蹴りだ………」
五臓六腑が揺れ、不快な気分に顔を歪める。
「クソッ!」
尻目に、オラトリオも飛び掛かるが、
「口説いッ!」
避けられた間際、膝を下腹部に入れられ、
「かはっ………」
意識が飛びそうになる。
「貴様もだ、オラトリオ。何を企もうと勝手だが、今は相手をしてる時間がないんだ」
「くっ………シュナウザーあッ!」
野垂れ平伏すオラトリオを鼻で笑う。
絶対の自信があるから相手をしない。
「セルバ卿。急ぎ冒涜の都へ。部下だけでは心配だ」
「うむ。これでジーナスを闇へ葬れる」
そう言って、二人は帝国を後にする。
「待て!シュナウザー!」
クダイが呼び止める。
シュナウザーは首を僅かに振り向かせると、
「貴様も………ゴッドインメモリーズを狙ってるのだろう?」
「……………。」
「来るつもりなら覚悟を決めてからにするんだな。なんせ、異空間に行くんだからな」
忠告を加え、セルバ卿と去って行った。
手強い敵がまた一人。クダイを魅了する。
「異空間?………だからどうした」
それは、クダイの意志をより深く、強固にしていく。
「立てるかい、オラトリオ」
「あ、ああ」
「済まない。油断した」
「仕方ない。シュナウザーはウェルシュ達とは違う」
手を取り、オラトリオを起こす。
「オラトリオ、行こう。今ならまだ間に合う」
そして、セルバ卿とシュナウザーを追う。
己の目的の、ただそれだけの為に。
「クダイ、厄介なヤツが現れたな。セルバ卿だけならまだしも」
「望むところさ。別にどうってことはない」
「だが、異空間に………」
あまり気持ちのいい場所じゃない。だから、少し遠慮がちに言おうとしたのだが、
「オラトリオ」
クダイはニンマリと笑うと、
「異空間は、僕の得意分野だよ」
そう言った。