第三十九章 振り返る。己の為に 〜前編〜
「ウェルシュ達はまだ戻らんのか!」
ヒステリックになっていのは、言うまでもなく理由がある。いちいち当たり散らされても、部下を同行させなかったセルバ卿にも責任があるのだから………などとは、口が裂けても言える者はいない。
「遅い!バーニーズとシェルティも居ながら、何をしてるのだ!」
「セルバ卿」
そのヒステリーを掻き消したのは、静かで穏やかな声。
側近達は、声の主を見るや、道を作る。
両脇に列び、敬意を表すのは、身分の違いを如実に見せ付けていた。
「只今戻りました」
言ったのはオラトリオ。瞳は真っ直ぐにセルバ卿を捕らえているが、明らかに別人のような印象を与えているのは、企むような微笑み。帝国にいる者の中で、こんな微笑み方をするオラトリオを見たことがある者はない。
「おお、オラトリオ!ウェルシュ達はどう………」
セルバ卿が口をつぐむ。
「ウェルシュ達は戻りませんよ………永遠にね」
オラトリオの二、三歩後ろを、クダイが着いていた。
「ク、クダイ!」
更に、クダイの横に愛らしい少女。彼女が探していたシズクであると、セルバ卿にもすぐに分かった。
「その娘は………」
「ご安心下さい。世界で唯一人の魔法使いでございます」
オラトリオが答えると、献上物のようにクダイに差し出される。
扱いに不満がないのかと問われれば、百パーセントの不満がある。が、まだ少女とは言え、シズクにも自分の置かれている状況くらいは理解している。
文句を垂らしたところで、改善されるわけでもなければ、相手にすらしてもらえないだろう。
何よりも、ゴッドインメモリーズを果たして自分が本当に使えるのか………それは自分が何者なのか知るチャンスでもある。
不安………緊張………パンドラの箱から放たれるものの最後には、希望なんてないと。既に絶望感を抱いている自分に出会ってしまっていると。
ウェルシュ達の犠牲と引き換えか………仕方あるまい。だが、これでようやく………」
「ようやく………全ての権力でも、神に願いますか?」
「オラトリオ」
「ゴッドインメモリーズを彼女が使ったとして、ジーナスを倒せる保証にはなりませんよ?」
「オラトリオ、まさかお前………」
クダイに言ったのかと問おうとすると、
「話しましたよ。全て」
「貴様ッ!クダイは、この世界とは無関係の人間だと承知してるのであろうな!」
「セルバ卿。神々を召喚する魔法で、また新たに世界を乱すおつもりか?」
「ど、どういう意味だ!」
「世界の人口が減り、ジーナスによって世界の半分を焼かれたのは、あなたのせいではないのですか?」
「何を言って………」
「私が生まれるより昔に、あなたがゴッドインメモリーズを使い、この世界に神々を召喚させたことは調べてある!しかし、思惑と違った結果により、邪神ジーナスに好き勝手させることになった!」
オラトリオの言葉に、周囲がざわつく。それを払拭するように、
「バカバカしい!突然何を言い出すのだ!」
セルバ卿が怒鳴る。
クダイも、オラトリオが何を言い出したのか分からないが、やはりと言おうか、胸の内に隠していたものがあったのだ。
でなければ、世界を洗うなどと口にするわけがない。
だが、オラトリオの言い出したことが事実なら、セルバ卿は人とは違う寿命を生きてることにもなる。
「オラトリオ。今、君が言ってることは事実なのか?」
クダイは、疑問ではなく真偽を確かめる。
「ゴッドインメモリーズに関する書物や遺跡などを処分、街ごと管理するのは、彼女が自分のことを隠蔽する為だ」
「それを、どこで知ったんだ?」
「………私の両親を、殺された時からだ」
思い出す。自分の運命を変えたあの時を。
「お前の両親を殺した?」
「忘れたとは言わせない。この日の為に、私は生きて来たのだから!」
それは、執念だった。