第三十八章 analyze
「オラトリオ」
「どうした?クダイ」
「ひとつ聞きたいんだが」
不意に呼んだわりに、深刻な面持ちをしている。
バジリア帝国までは、差ほど距離はないが、それでも一時間単位で計るよりは、日数で計算した方が合理的なくらいだ。
先を急ぐオラトリオに反して、クダイとしては、帝国に着くまでに確認しておきたいと思っている。
「帝国が邪神ジーナスと戦ってる………ってのは、本当なのかい?」
「お喋りなヤツが四将の中にいたか」
「君に協力は惜しまない。けど、何が起きてるのかは知っておきたいんだ」
話すのは構わない。オラトリオは、「少し休憩しよう」と手頃な岩を見つけ腰を下ろす。
「だいぶ以前の話になる。そう………クダイ、君が来るよりもっと前だ。邪神ジーナスが、突然、帝国に現れた。ジーナスは、世界を明け渡すよう、帝国に迫ったらしい」
「らしい?」
「ああ。その頃は、まだ仕官してなかったんだ」
「ふぅん。………それで?明け渡すって言ったって、借家じゃないんだ、簡単な話じゃないだろ?」
「要するに、世界の統治を放棄しろ言ったのさ。無論、戦争の始まりだ」
「戦争?この世界のどこで戦争なんて起きてるんだ?」
そう、世界は至って平和だ。戦争が起きてる気配など、微塵も感じない。
それに、戦争と題するからには、ジーナスにも味方がいると推測出来る。
それを、示すように、
「起きてるんだ。間違いなくね。黒い鎧の騎士を大勢引き連れて」
答えを告げた。
「そしてね、クダイ。戦争は事変的空間地………冒涜の都で起きている」
「初耳だね。そんな都があるなんて。この世界の地図は、頭に叩き込んであるけど、ほとんどがコード管理されてる。A地区………とかね」
「冒涜の都は、地上にあるわけじゃないよ」
「フッ。なら、空にでもあるのかい?」
「いいや」
地上にも空にもない。残るは地底しか有り得ないが、 オラトリオの顔を見る限り、そういう話ではないらしい。
「勿体振るのは止めしないか」
「ごめんごめん。そんなつもりはないんだ。冒涜の都は、空と地上の間にある」
「空と地上の間………」
「そこがジーナスの居る場所だ」
まあ、神様の住家だと考えれば、人の理屈に合わないくらいがちょうどいいのかもしれない。
「ジーナスの目的は?住家を持ちながら、人の世界を欲しがる理由はなんだ?」
「ゴッドインメモリーズを消し去る為みたいだ」
そう言って、オラトリオはシズクを見た。
当のシズクは、嫌悪感剥き出しでそっぽ向いてしまったが。
「ゴッドインメモリーズを………消す?」
「そのことから帝国は、ゴッドインメモリーズがジーナスを倒す手段だと思い………」
「僕にシズクを探させた」
「ジーナスは、ゴッドインメモリーズを恐れている」
「どんな魔法なんだ?ゴッドインメモリーズとは」
「聖戦を起こす魔法だ。神々同士の。私が読んだ書物には、ゴッドインメモリーズにより、神々が降臨すると書いてあった。おそらくジーナスが恐れているのは、自分以外の神」
その他にも、まだ見えない何かはある。後はジーナス本人から聞き出すしかないのだろうが、クダイの目的はジーナスを倒すことではない。
………ようやく、ゴッドインメモリーズが何なのか知ることが出来た。
しかし、何故か釈然としない。喉元を圧迫するような違和感。
シズクは現在、手元にある。魔法を発動させる条件さえ知ることが出来れば、すぐにとは行かなくとも、望みを叶える力に変えることは可能だろう。
(この胸のつかえは何なんだ?)
クダイは、晴れない思いに滅入り気味だった。
魔法の内容はどうでもいい。底知れぬパワーがあるのなら。
分かっていながら、疑問符が宙を漂い迷う。
「オラトリオ。ソニヤと言う少年がいるんだが………」
「ソニヤ?誰だ?」
「………ジーナスが選びし勇者だ」
「………言ってる意味が分からない。勇者なんて、お伽話の主人公に過ぎないよ。大体、ジーナスは冒涜の都から出られない。それはシュナウザーが確認済みだし、私も確認している。選ぶも何も………」
「聖剣アスカロン。少年は、ジーナスから僕らに対抗するに相応しい武器を与えられている」
クダイの言葉を聞き、一瞬声が出なかった。
何気なく言ったが、オラトリオは事実を告げた。ジーナスは冒涜の都に居る。ひょっこり現れて、聖剣を渡すなど不可能だと、その確信はある。
「ジーナスは冒涜の都に囚われてるんだ。有り得ない話だよ」
「でも事実だ」
「紛い物の剣じゃないのか?」
「聖剣かどうかは別にして、あの剣はソニヤに大きな力をもたらしていた。ナメてかからない方がいい」
「その為に君を味方にしたんだ………クダイ」
「全力は尽くすさ。でも、フェニックスと、もう一人腕の立つ戦士が居る。僕に軍配が上がる確率は半分だ」
「おいおい。弱気な発言は聞きたくない。私の願いを成就するには、君の確固たる強さが不可欠なんだ」
「………ゴッドインメモリーズもね」
「ゴッドインメモリーズで神々を降臨させ、人類殲滅。代わりに私が新たに世界を創る」
「意気込むのはいいが、降臨させた神様達はどうするんだ?聖戦になれば、君にだって被害が及び兼ねない。それに、神様と戦うのは契約にないよ」
「その時はその時さ」
オラトリオのように、人類に対して深い憤りを感じる人間は多くいる。だが、事はそうすんなりとは進まない。
まして、神々が降臨することになるのなら、人であるオラトリオに出来ることは何もない。
オラトリオが、そう考えるようになった経緯を尋ねようかと思ったが、
「君がそう考えるなら、それでいい」
ゴッドインメモリーズの詳細を聞けただけで充分だ。
如何なる神々が降臨しようと、負ける気はしない。
もちろん、羽竜やサマエルにも。
「神々の聖戦か。………くだらない」
シズクを立たせ、先を歩き出したオラトリオの後ろで呟いた。
どんな困難も障害にならない。
「神が生命の最高位なら、僕は神を超えるだけだ。………かつて人を超えたみたいに」
今、ここに居る。それだけが全て。