第三十六章 ワールドロンダリング
「どうして魔法使いの少女は、聖剣の勇者に殺されなければならなかったんだろう?」
「知らないし!」
クダイの質問に、シズクはそう返した。
薄暗い穴蔵で、目を覚ますや否や、唐突にお伽話を読み出され、しかもこんな展開もこれで二度目となれば、無視するより反抗的な態度が全面に出てしまう。
「この物語には、ゴッドインメモリーズがどんな魔法かは書かれていない。けど、魔法使いの少女が人々を脅かす存在としても描かれていない。殺す理由もなければ、聖剣を持つ勇者じゃなくても殺せるはずなんだ」
不完全な物語に見えなくもないが、これは実話なのだろう。ゴッドインメモリーズを使うのが少女であり、聖剣の存在も明確過ぎる。
過去にもあっただろうゴッドインメモリーズを巡る戦い。
クダイはシズクをじっと見つめ、
「多分これは、第三者から見た出来事の話なんだよ。だから、書いた人物が見ていないことや、知らないことが書かれていない。記録として残すのではなく、お伽話のような物に仕上げてあるのには、そういった事情があるんだろうね」
「私も何も知らないって言ってんでしょ!」
「いいかい?シズク。さっき僕が言ったことを踏まえれば、この物語の著者は、魔法使いの少女が殺されるところを目の当たりにしている。なのに、話がそこで終わってるんだ」
「そりゃそうじゃない!ゴッドインメモリーズを使わせたくないんだから!魔法使いが死んだら終わりでしょ!普通!」
「無論さ。でも、ハッピーエンドになったのかくらいは書くだろう?」
「何が言いたいの?」
穴蔵の湿気が、水滴となって沈黙に波を打つ。
クダイの話し方は、本の中から真実を推測出来ている証だ。
それはおそらく、確かめようもないが、的を射ているという布石。
「この物語の著者は、最後を書くことを拒んだんだ。ハッピーエンドにならなかったからだろう。それと、気付いているだろうが、この物語を現在に置き換えれば、魔法使いの少女は言うまでもなくシズク、君だ。そして聖剣の勇者は………あのソニヤとか言う少年。君はソニヤに殺さ………」
「やめて!」
「………ここからは推測ではなく、単なる想像なんだけど、ゴッドインメモリーズを使わせまいとして、魔法使いの少女を殺したわけではないんじゃないかと思うんだ。物語では、少女が悪者だとは書かれていないし、魔法を使おうとした形跡もない。著者が見ていない事象にしても、ここまで描かれているなら、他人から情報を得ることは可能なはず」
「……………。」
「勇者と称される者がが、悪くもない魔法使いを殺した理由………」
その結末を、クダイは語ろうとはしなかった。
「………私を帝国に連れて行っても、あなたに都合のいいことは起きないわ」
「君のその強気な態度も、見納めになる前に楽しんでおこう」
「人で無し!」
クダイの純粋であるが故の苦悩。
シズクは、文句を吐きながらも、クダイの奇跡のような望みが叶う時を見てみたいとも思っていた。
それからは、互いに言葉を口にせず、ひたすら一定のリズムを刻む水滴の音を聞いていた。
シズクは思う。もし自分にクダイの望みを叶えるだけの力があったなら、同じ立場に居たら、自分はどうするだろうか?
こんなに愛されたら、やはり本望なのだろうか?
全てを犠牲にしてまで手に入れる願い。そこに意味はあるのだろうか?
とめどない思考は、
「探したよ………クダイ」
若い男によって遮られた。
「よく見つけられたね、オラトリオ」
薄暗い穴蔵に、小さなキャンドルを手にして、オラトリオは入って来た。
「偶然さ。近くにバーニーズが居たからね。君じゃなくても、噂のフェニックスくらいは居るかなって」
そして、シズクはオラトリオと目が合う。
「彼女が?」
「噂の魔法使いだよ」
オラトリオは微笑んだ。
偶然にクダイを見つけ、肝心の魔法使いも居る。自らの野望を叶える大切な逸材。
「君一人なのかい?」
クダイが尋ねると、軽く頷き、
「田舎を出て、帝国に仕官し、今の地位に就くまで十年だ。ようやく、待ち望む時が来た!」
嬉しさを抑えられず、声を上げた。
「………何か企んでるのなら、僕にも教えてくれないか」
「洗うのさ」
「洗う?」
「世界を洗う。住まう人間の血で!」
「……………。」
「神の世界を創造するんだ!」
雰囲気が、クダイの知るオラトリオではなくなっている。狂喜に満ちている。
「君がそんなことを企んでいたなんてね………知らなかったよ、オラトリオ」
「君に力を貸して欲しい。野蛮で低能な人類を掃討する為に!」
「………いいよ」
「本当か?」
「流れ者の僕を世話してくれた恩がある。力を貸そう」
「そういえば、セルバ卿が君も腹心があると言っていたが?」
「僕のことはいい。いつか恩返しをと考えていたんだ。むしろちょうどいいとさえ思ってるよ。でも、君の志しの経緯、詳しく聞かせてくれるんだろうね?」
唐突に言い出されたオラトリオの志し。特に興味を惹かれたわけではないが、ゴッドインメモリーズのこともやはり知っているのだ。
一から誰かに吐かせるより、ずっと効率的だと思っただけに過ぎない。
「もちろん。では出発しよう。バジリア帝国に着く頃には、全て話せているよ」
自信をあらわにしたオラトリオは、クダイを急かす。
ここにも一人、野望に身を焼く者がいた。
人間でありながら、人類を裏切るその野望。
時が満ち、世界が洗われることで人類は裁かれる。