第三十五章 裏切り者の等価値
「ちくしょう!」
大地に喧嘩を売る勢いで蹴り叩く。
シズクを奪われ、ソニヤは気が気でなかった。
「落ち着け、ソニヤ」
「落ち着けるわけないだろ!シズクがさらわれたんだ!もし、万が一のことがあったら………」
いつもは熱しやすい羽竜は、ソニヤの沸騰ぶりに、逆に冷静になれていた。
「シズクを守るって約束したのに………守れなかった」
「まだ愚痴るのは早いだろ。クダイは、バジリア帝国に来いって言った。ならば、俺達もバジリア帝国を目指せばいい。それまで、クダイはシズクに手を出したりしない」
「ボクは………くっ!」
涙を堪え、唇を噛む。
てっきり向かって来ると思っていただけに。
「羽竜の言う通りだ。オレ達が行くまで、クダイはあの娘には手を出さん。フッ。なんせ、ゴッドインメモリーズのことを知らんのだからな」
さも自分は知っているかのようにサマエルは言う。
その言い方と言うか、口調には多大な含みがあり、
「………聞き出したのか」
バーニーズから聞き出したことを羽竜も悟った。
「当然だろう。“お前”とは違う。クックッ」
「な、なんで俺が聞き出してないって決め付けるんだ!?」
一応のプライドを見せはするが、
「そんな器用さがお前にあるのか?」
茶化されて一蹴される。
「チッ。じゃあ早く言え。ゴッドインメモリーズがどんな魔法か」
「クックッ。その前に………」
サマエルは、ソニヤを見据え、
「お前に会いに来る女神だが………」
「知ってるよ。邪神だって言うんだろ」
「クク。そういうことだ。帝国は、邪神ジーナスと戦っている。そのジーナスを倒す手段として、ゴッドインメモリーズが必要らしいな」
「神様を倒す魔法だっていうの?」
「いいや」
「じゃあなんなのさ!勿体振らないで言えよ!」
シズクのことで、あれこれ深く考える余裕はない。
ついつい口調も荒くなる。
「召喚魔法だ」
と、あっさり言い切った。
ソニヤも羽竜も、「はて?」と思念してみるが、
「怪獣でも召喚すんのか?」
羽竜の思考の行き着く先は、他にはなかった。
邪神と言えど神は神。一国しか存在しない世界で、軍隊が必要だった理由は神であるジーナスと戦う為。しかし、おそらくは歯が立たないのであろう。召喚魔法と言う力が不可欠になったのだ。ゴッドインメモリーズと言う召喚魔法。
「ククク。怪獣?そんな生易しいものではない」
「じゃあなんだよ?」
「召喚は召喚でも、神々を召喚する魔法だ」
「神々………って」
「正確には、神々を召喚し、互いに戦わせる………聖戦を起こす魔法。それがゴッドインメモリーズだ」
聖戦を起こす………無論、サマエルにもそれがジーナスを倒すのに、どう役立つのかは定かではない。
「……………なんだか、まだベールに包まれた部分がありそうだな」
「それを暴きに行くのだろう?違うか?」
ソニヤを見る。意志確認だ。
返事は分かりきっている。
「行くに決まってる!だけど、ボクはシズクを助けに行くんだ!ジーナスと帝国がどうだとか、興味ない!」
「それで済めばいいがな」
「文句あんのか!?」
「ゴッドインメモリーズが、本当に聖戦を起こす魔法はさておき、あの娘とは切り離すことが出来ない関係だ。ジーナスがお前に白羽の矢を立てたのも、アスカロンを与えたのも偶然ではなく、明らかにお前でなければならない理由があるからだろう。となれば、お前とあの娘………そこにも隠れた真実がある。本当の意味で助けたいのなら、先ずは真実を知ることだ」
「………ボクと………シズクに隠れた真実が………」
「上っ面だけの救いなど、受ける方は有難迷惑なだけだ」
その意味を、ソニヤが重々に理解したかは愚問だが。
「戻るぞ。オリシリアに事情を話して先を急ごう」
羽竜はそう言うと、
「お前の仕事だ」
オリシリアへの説明をサマエルに任せた。
サマエルはいつもと変わらない表情をしているようにも見えなくもないが、ちょっとだけ口を“へ”の字にしていることを羽竜は見逃さなかった。
「………サマエルか。見事な強さだった」
傷が癒えるのを待つことは許されず、バーニーズは帰還を選んだ。
ウェルシュもシェルティも、残念な結果になっていることは分かっている。
このまま帰還しても、それこそ許されないだろう。
だが、国の………世界の為にという想いは揺るがない。だから、サマエルに話した。強さに惚れて。
「その様子だと、任務は失敗に終わったようだね」
「オラトリオ!」
幽霊のみたいにフッと現れた。
多少の童顔は、傷だらけの負け犬に微笑んでいる。
「ウェルシュとシェルティは………聞くまでもないか」
「どうして貴様がここに!」
「特別任務だよ。君らが失敗することを考慮しての。フフ。見事に期待を裏切らなかったけどね」
「なんとでも言うがいい。だが、収穫もあった」
「呟いていたサマエルとかいう人物のことかな。大体、クダイの足元にも及ばない君らが、彼が手を妬く輩に敵うわけがない。セルバ卿も、よく考えれば分かると思うのだがね」
「皮肉るのもいいが、アイツらは使える!いや、クダイにも真実を打ち明け………」
「必要ないよ」
「オラトリオ!悠長なことを言ってると、ジーナスに世界を乗っ取られるぞ!」
「セルバ卿とて陛下を利用して何かを企んでいる。結局、信用出来る人間なんてどこにもいないのだよ」
「………貴様もその一人か」
「ああ、そうだ。ジーナスの存在を人々にひた隠す理由も、何もかもがセルバ卿の思惑通りだ。陛下をそそのかし、権力を握るあこぎな女。そんなヤツに喜んで尻尾を振ると思うのか?」
「裏切り者が!クダイと親密にしてたのも、裏があるんだろ!」
「彼には何も話してない」
「騙そうったってそうはいかんぞ!」
「私にも段取りというものがあるのでね」
そう言って、オラトリオは剣を抜く。
バーニーズ達の失態を始末しに来たのではないと気付いたが、遅すぎた。
傷だらけの状態では、どこまでやれるかなど考えることもない。
「俺達を殺す機会を伺ってやがったんだな」
「君ら四将をまとめて相手は出来ないからね。願わくば、もっと早くにクダイを利用したかったんだが、彼も気まぐれだから」
「何を企もうと、裏切りはシュナウザーが黙ってはおらんぞ」
「………手負いの犬が、よく吠える」
最初から、帝国に完全な忠誠を誓ったわけではない。ずっと、とある思惑の為だけに生きて来た。
バーニーズとは生きる意味の重さが違う。
オラトリオは目を閉じ、これが始まりなのだとしみじみと噛み締め、
「ゴッドインメモリーズは、私が手に入れる!」
バーニーズを………斬った。
人を殺めたのは、これが初めてだったが、不思議と平常心を保っていられる。
「汚れた世界を、汚した人間達の血で洗う。………懺悔の時が来たのだ!」