第三章 見えない未来
上司と言うか、この場合は上官になるのだが、実にしっくり来ない。
何かをする度に部下が着いて来るし、何よりも、純白の鎧は街中では目立つ。
自分達を見れば一目で帝国の騎兵隊だと分かられる。
どんなに混雑していても、道は勝手に開いてもくれる。
ただ、クダイには受け入れられない環境だった。
「この鎧はね、僕の兄貴分だった人のものなんだ。胸元に槍で突かれて穴が空いてたんだけど、カッコ悪いから宝石を埋め込んだんだ」
そう言って、胸元に輝く紅い宝石を自慢げに披露する。
「興味ないかい?」
披露されてるのはシズク。
帝国へ帰る途中に立ち寄った街。軽く都会と表現してもいいくらいに大きい。
そんな街で、クダイは宿の一室でシズクを相手に、二人きりで話していた。
「なんだよ。まだ怒ってるのかい?脇腹切り付けたこと」
視線すら合わせないシズクの態度は、余計にクダイに興味を持たせる。
「話したくないなら話さなくていいよ」
クダイは美形だ。微笑む顔は、陰りがない。
身分を考えれば、きっと噂の絶えない男なのだろう。
そう思うと、尚更口も聞きたくない。
大人の女性が好む条件の全てを持っている。ある意味、女の敵だ。
「世界で唯一の魔法、ゴッドインメモリーズ。………どんな魔法なんだろう」
背もたれの長い木の椅子に座り、両手首を縛られたシズク。その対面から甘い声で鳴いている。
「僕の知ってる世界では、魔法なんて当たり前だった。魔法が無い世界も知ってる。でも、世界にたったひとつなんて、ロマンスだと思わないか?」
淡々と話しかけてはいるが、クダイはシズクが思うほど浅はかな男ではない。
シズクが本当にゴッドインメモリーズを使えるのか?使えないのか?それを探りたいのもあるが、本人が使えることすら知らないでいる可能性もある。
つまり、『ゴッドインメモリーズ』という言葉と存在の真相を確かめているのだ。
それがクダイの流儀。人々の噂を信じない。例え世界がそれを認めていても。
「この街も、あと百年もすれば見違えてしまうんだろうね。自然も消えて行くんだ。だって、要らないもんな。自然なんて」
「そんなことない!」
「…………。」
沈黙したクダイだが、狙っていた魚が食いついたことで、内心笑っていた。
「要らないよ。もっと住みやすい世界を、人の手で造って行くべきじゃないか?」
やっと開いてくれた口を、また閉ざされてしまわないように、これまでの自分を“演じる”。
「自然の恩恵も知らないくせに!あなた達帝国の人間が世界をダメにしてるのよ!」
「僕達が?言い掛かりだろう?効率的な世界を望んでるだけさ。その為に、ゴッドインメモリーズが必要なんじゃないか?」
「そういえば、他の世界がどうとか言ってたけど、そんなものあるわけないじゃない。あったとしても、行けるわけない!」
「どうしてだい?」
「考えたらわかるじゃない!常識よ!常識!嘘の話で私の気を引こうだなんて、随分緩い男ね!他の女は騙せても、私は無理よ!」
「あははは。飛躍し過ぎだよ。僕はプレイボーイにはなれない。一人の女性だけを想ってるのが精一杯さ。それに、僕が嘘を言ってるかどうか、君は確かめたのかな?」
「確かめる必要ある?」
「………フフ。まあいいさ。僕が何者かはどうでもいいことだ」
シズクがだんまりをやめたのなら、無駄話をしていても仕方ない。
今なら、核心から入ってもなんらかのアクションは起こすだろう。
「さあて、君はこの世界唯一の魔法使いだと聞く。ゴッドインメモリーズを使うね。それを君自身は認識してるのかい?」
「…………。」
「君を探すのに、大勢の人を殺し、多くの村を焼き払って来た。君にも責任の一端はあるんだよ」
「どうして私が!あなた達帝国の人間が勝手にやったことじゃない!」
「それは違う。ゴッドインメモリーズが世界で唯一の魔法なら、それを使う君は世界と何らかの関係があるということだ。現に、君は確か十二歳。高々十二年の人生なのに、様々な人々の手を渡り守られて来た。もちろん、守って来た人間達が、ゴッドインメモリーズと君の関係を知ってるとは思わない。でも、君が存在するが為に、多くの人間が犠牲になったのは事実だ」
そんなことを言われても、正直いい迷惑だ。
「私は………何も知らない。ただ、特別な子だからって、そう言われては来たけれど………」
「ゴッドインメモリーズのこともかい?」
「聞いたこともない」
シズクは嘘は言ってないだろう。
「そうか。なら仕方ない。このまま帝国へ連れて行くだけだね」
「………私、どうなるの?」
毒を切らしたのか、悲しげにクダイを見た。
「僕には何も言えない。帝国にはゴッドインメモリーズのことを知ってる奴らがいる。彼らが君をどうするか決めるだろう」
「死にたくない………私、死にたくない」
ゴッドインメモリーズは魔法だと言われているが、一概に通念的な魔法をイメージするのは安直かもしれない。
シズクのみが使えるのなら、あるいは儀式という考え方も出来る。
使える本人がゴッドインメモリーズそのものを知らないのに、どうやってゴッドインメモリーズを発動させようと言うのか。
「あなた偉いんでしょ?お願い、何でもするから!私を助けて!」
嫌っていたはずの男に助けを求めてしまう。
死を感じ、我を失いかけそうになる。
「悪いが………」
クダイは立ち上がり、窓から街を見下ろす。
帝国が世界を統治するからこその平和がそこにはある。
複数の国が存在しないが故に、戦争もまた存在しない。
そんな世界なのに、一人の少女を探す為に蛮行も辞さなかった。
それを行ったのはクダイ本人ではあるが、許されていたこと。
平和である世界を、帝国がどうしようと言うのかは、クダイにも知らされていない。
「悪いが、僕にはどうにも出来ない」
うなだれ、絶望に涙するシズクの姿に、微かに胸が痛んだ。
久々の感覚だった。
「でも………何かを背負って生まれて来たのなら、運命は君を見捨てはしないだろう」
生き死には別ではあるが、世界を揺るがすほどの運命なら、手繰り寄せるのだ。他の運命を。
そんな予感がクダイにはあった。
「望もうと望むまいと、結果は必ず訪れる。誰に有利な結果かは分からない。運命はダイスのようなものさ。永遠に回り続けることなんて有り得ない」
そして、その運命がひとつだけではないことが、いつも未来を見えなくしている。