第三十四章 魔法 〜後編〜
悲しく吠えている。その叫びは、終始黙っていたシズクの胸にも響いた。
ソニヤもシズクも、まだ誰かを愛したことなどない。クダイの想いは、やり方はともかく純粋なままだ。彼自身が否定しても、人の世では純粋と呼ばれる気持ち。
本当のクダイは、純粋さに苦しむ一人の男に過ぎない。ソニヤとシズクの二人はそう思うのだが、
「そういう理由があったのか」
羽竜と、
「神の力を手にしながら、心は未だ人間のままか」
サマエルには、そうは見えない。
「羽竜………。サマエル………」
何が悪い。と、言ってやりたいところだが、理解されたいとか、同情は必要としていない。
信じるのは自分だけと決めて生きて来た。裏切るのも自分だけ。
「クダイ。お前の勝手な理由で、ソニヤやシズク………この世界を犠牲にするなんて、許されると思ってるのか?」
「なら聞くけど、羽竜。君は思ったことないのかい?自分のいた世界に帰りたいとか、好きな人に会いたいとか。かつてヴァルゼ・アークは言っていた。運命は既に決まっていると。僕はジャスティスソードに出会い、望まない運命を歩んでる。だから、どんな手段や犠牲を払ってでも、運命を変えて見せる!」
「それが異次元のどこかにいるシトリーに会うってことか」
「ゴッドインメモリーズがあれば、それも可能のような気がする。いや、きっと可能なんだ」
自信に満ちた表情で言い切る。
そして、韋駄天のような素早さで移動し、シズクを小脇に抱える。
「ちょっと!放して!」
「うるさい小娘だ」
と、頚椎に打撃を与え気を失わせる。
「クダイ!シズクを放せっ!」
ソニヤが怒りをあらわにした。
ちょこちょこ現れて好き勝手されたくない。
それに、今回は羽竜とサマエルがいる。何より、アスカロンを手にしたことで得られた力が、ソニヤに不退転の決意をさせている。
だが、ソニヤの不退転など、クダイも一度は覚え、感じ通って来た道。
若さ故の過ちだと熟知している。
「ソニヤ………君がいつか過ちだと気付いた頃には、僕と同じ………絶望と後悔に苛まれているだろう。今のその覚悟が、間違っていたと」
「ボクには分からない。だから、今、正しいと思うことをしたいし、お前みたいな身勝手な悪を見逃したいとも思わない。………シズクだって、みすみす渡すわけにはいかないんだ!」
「魔法だね」
「?」
「恋だとか、愛なんかとは違う。強くなったという幻。幻想を見せられているんだ。………アスカロンに」
「その言葉………そっくり返す」
「僕も幻想を見せられていると言うのか?いいさ。否定はしない。でも、君とは違う。僕は幻想を糧にする。本当の強さを知ってるんだよ」
何を言っても言い返される。
それでも、貫く気持ちがある。
羽竜は、ソニヤの気持ちに同意し、
「クダイ。生きるからには誰しもが理由を求める。お前がシトリーに会いたいと思う気持ちに、釘を刺すつもりはないけど、手段と犠牲は選ぶべきだ」
トランスミグレーションを鞘からしなやかに抜いた。
「バカバカしい。なら、君は………ヴァルゼ・アークを倒せる瞬間に犠牲があるとして、望まない手段だったとして、躊躇うのか?人を超えた存在が吐くセリフじゃないな」
羽竜の言葉にがっかりした。もっと深い会話をしたいというのが本音だ。
「サマエル。君はどうなんだい?確か、強さを極めたいとか言っていたよね?強さを極める為に、手段や犠牲を選ばないのかい?」
「………クックッ。愚問だな。手段や犠牲など、オレには関係のないことだ」
異色な存在のサマエルは、ソニヤや羽竜とは考えが違うようで、
「コラッ!サマエルッ!この状況で………少しは空気読め!」
羽竜に叱られる始末に及ぶ。
「アハハハハ!だろうね。修羅の道を選んだんだ、そうでなくちゃならない」
「手段や犠牲は問わん。だが、貴様ほど情に絆されることもない」
クダイへの宣戦布告。
「………どこに行っても嫌われ者か」
フッと微笑んだクダイは、三人の視界を塞ぐ行動に出る。
闘気の球を地面に投げつけた。
砂埃が立ち込め、クダイの姿を見失う。
「クソッ!クダイッ!!」
無駄だと思いながら、羽竜は叫ぶ。
「バジリア帝国に来い!ゴッドインメモリーズ発動の瞬間くらいは見せてあげるよ!」
どこからかクダイの声がしたが、ようやく視界が確保出来た頃には、クダイと囚われたシズクの姿はなかった。
「シズク………シズクーーーーッ!!!」
ソニヤは、喉が裂けるほどシズクの名を呼んだ。
呼べば、近くに行けそうな気がして。