第三十四章 魔法 〜中編〜
「ク、クダイ!」
「ちょっとは成長したようだね………ソニヤ」
シェルティを殺し、いつから居たかは謎の残るところだが、厄介な奴が現れた。
「………へぇ。君も剣を手にしたのか」
ソニヤの握るアスカロンを眺め、言った。
今日のクダイは明らかにいつもと違う雰囲気がある。
目的を明確に、かつ確実に遂行する為に来たのだと、鈍感なソニヤにも分かった。
冷酷さを全身に纏っているのは、離れた場所にいる羽竜とサマエルを意識してだろう。
アスカロンがあるのに、この前のように果敢になれない。
それが恐怖だと知るに、今は経験が足りない。
「何しに来たッ!」
「ご挨拶だな。別に君に用は無いよ」
クダイは恐い男だ。自信過剰に振る舞いながら、“遊び”と“本気”をキッチリ区別し、渦中にいながらも、視線は遠くから物事を見つめ展開の出足を打算している。
「狙いはシズクか」
「そうだ。一向にゴッドインメモリーズの謎解きをしない君達に、業を煮やしたのさ」
「シズクには指一本触らせない!」
「へぇ、どこで手に入れたか知らないけど、普通の剣ではないね。波動を感じる」
「ボクに不思議な力を与えてくれる剣だ」
「………なるほど。最初に会った時から感じてたけど、どうやら君と僕は、どこまでも似た者同士のようだ。ああ、性格とかじゃない。運命と言うか、境遇がね」
「お前と似ても嬉しくないっ!」
「ソニヤ、これは最初で最後の僕の優しさだ。よく聞いて考えるんだ」
「……………?」
「君の戦いぶりを見せてもらったが、君がシェルティを追い込めたのは、君の実力じゃない。恐らくはその手にある剣のせいだ」
「だ、だったら何だってんだ!シズクを守れるなら、ボクはどんな力でも使う!」
「分かってないね。得体の知れない力に導かれて行き着く先は、底知れぬ後悔だけだ。僕のように………」
本心で言った。
摩訶不思議だと思う。ソニヤを止めようとしている自分に。
「君は引き返すことの出来ない道を歩こうとしてるんだ。感情に流されるな。シズクと君は関わってはいけないんだ」
そう。古い書物の物語にある聖剣の勇者………疑いもなくソニヤのことだと分かる。その結末は、聖剣の勇者がゴッドインメモリーズの使い手を殺して終わる。
自分には、ソニヤとシズクがどうなろうと関係ないが、失くしてしまったはずの心が、痛んでいる。
最後の良心。
こんな気持ちは今だけかもしれないから、思い留まらせたい。
「ソニヤ。僕と同じ運命を辿っゃいけない。自分を失くすことになるぞ」
「ご忠告ありがとう。でも、ボクは引かないよ。守りたいものがあるから!」
「君が守らなければならないのは、シズクではなく君自身の人生だ。踏み入るな。頼む………僕に良心が戻っているうちに」
「分かんないよ。分からない!お前は、何をしたいんだ?!ボク達の敵だろ?!」
「違う。そうじゃないんだ。敵とか味方とか………そんな次元の話じゃない。君を救いたい。分かってくれ、ソニヤ」
端然としていたクダイが、苦痛を強いられて汗を流す。
純粋でいられた頃の自分と重なるソニヤ。純粋であるが故、自分の信じるものに疑問を持たず、知らぬ間に呑み込まれてしまう。
ソニヤを救うことが、それに気付けなかった自分への贖罪だとも思っている。
「そんなことを言って、また何か企んでんだろ!ゼロの仇だって討つって決めたんだ!ここで、お前を倒す!」
「……………。」
信念とは、魔法のようなもの。強さと勇気の両立を叶えてくれるが、一方で冷静な判断を失わせる。
「人とは悲しいものだ。信じるものが無ければ生きられない。でも、信じることで過ちを犯すことの方が多いのに。君を見ていると、つくづく昔の自分が悔やまれる」
「ボクはお前とは違うって、前に言ったはずだ!」
「聞いてくれ。僕には叶えたい願いがある。今も異次元を漂流してるだろう、初恋の人に会いたいんだ」
「そんなの、ボク達に何の関係があるんだ!」
「………僕は、その人の住んでいた世界を壊してしまった。この世界のように、自然が支配するような綺麗な世界を。仲間もみんな消え失せ、僕一人だけが時間と時間を繋ぐパイプの中で生き残った。………だけど、とある世界で僕は会ったんだ」
「初恋の………女に?」
「ああ。彼女は、粉々になった世界の破片の中で生きていたんだ」
「で、ゴッドインメモリーズをどうしたいんだよ?どんな魔法か知らないんだろ?」
「どんな魔法かは興味はある。が、最終的にはどんな魔法でもいいんだ。強い力………そう、世界さえ揺るがすほどの強い力なら、きっと彼女に会える!その為にゴッドインメモリーズが必要なんだ!」
クダイの意図、意志は、ソニヤに共感さえ与えたが、両腰の剣を手にしたクダイへの対抗を余儀なくされた。
「クダイ………」
「生きる意味を失った僕に、彼女は再び希望をくれた。何としても会いに行く!それだけが、僕の存在意義なのだから!」