第三十四章 魔法 〜前編〜
力の差は歴然たるものだった。
無傷で余裕の残る羽竜に対して、ウェルシュは肩で息をしながら、纏い慣れたはずの鎧の重さにさえ屈服しそうだ。
その強さは、少年の見た目を遥かに超え、一人の男を思わせる。
「………なんて強さだ………まるで、クダイに匹敵する」
「アイツより俺の方が強いに決まってんだろ!一緒にするな!」
本気なら負けない自信はある。
が、反乱軍のアジトでの戦いで、クダイの異常な強さを目の当たりにしている以上、ウェルシュの言葉を無視するだけの余裕はなかった。
「さて………と。ゴッドインメモリーズのこと話してくれないか?」
「話すと思うのか?こう見えても帝国の四将と呼ばれる騎士の一人だぞ」
「シショウだかコショウだか知らねーけど、命までは取らないって言ってんだ。無駄な殺生をしたくないんだよ」
「む、無駄な殺生だと!?ふざけるなっ!俺を侮辱するのかッ?!」
面倒臭い男に当たったと、額を押さえ溜め息をついた。
如何せん、騎士を名乗る者は、融通の利かない輩が多い。話の妥協点を見出だせない連中なのだ。
特に、不利な状況では中々頷かない。
「あのよぅ、喧嘩売っといて負けたんだから、素直に負けを認めろよ。疲れるヤツだな、お前」
まともに取り合いたくないのが本音だが、中途半端な勝ち方をしたのが悪いと自分を責めた。
どうせなら、足腰立たなくしてしまうべきだった。
「よう、聞いてんのか?」
「黙れ!敵に情報を漏らすほど落ちぶれてはいない!」
「………分かったよ。じゃあ、勝手にしろ」
言って、背を向けた羽竜に、
「貴様ッ!何故、殺さない!」
ウェルシュは抗議した。
戦場で、おめおめ生き恥を晒すつもりはない。そういう生き方をして来たからこそ、強く在れた。
羽竜もそのくらいは察しがついている。
そんな生き方に賛同は出来ないが、不器用な生き方をするヤツも嫌いになれない性分だ。
ウェルシュに情けをかけたと言うよりは、別の日に再戦のチャンスを与えたつもりでいた。
「お前殺しても、何の得にもなんねーよ」
「見下しやがって………!」
「そうじゃねー。悔しいなら、また挑んで来いって言ってるんだ。いつでも相手してやる」
「……………。」
ウェルシュにとって、それは優しさでも叱咤でもない。侮辱以外の何物でもないのだ。
羽竜は、トランスミグレーションを鞘に収め背を翻す。
ゴッドインメモリーズのことは、他のヤツに聞き出せばいいと思った時、
「ぐぉ………っ」
うめき声がして振り向いた。
ウェルシュは、自らの腹に剣を突き刺していて、
「………別の日……にだと……?バカに……するな」
「おま………何してんだ!?」
「負けて恥を………晒すくらいなら………自分でけじめを………」
生き絶えた。呆気なく。
その姿を、羽竜は決して認めなかった。死んで物事を片付くなんてことはないと思っているからだ。
「バカだよ………お前。死んだら何にもなんねーだろ」
それほどまでに殉ずるものがなんであるか、一匹狼で気の遠くなるような時間を生きている羽竜には、現在もこれから先も、理解は出来ないのかもしれない。
羽竜とウェルシュの戦いが終わりを告げるのとほぼ同時に、サマエルとバーニーズの戦いにも決着が着いていた。
「化け物か!?」
「ククク。まあ………貴様ら人間からすれば、そうかもしれんな」
「どういうことだ?人間じゃない………のか?」
「聞かん方が身の為だ。それよりも、勝負は着いた。ゴッドインメモリーズのことを話してもらおうか。………話すつもりがあるならな」
話す義務は存在しない。
「話すと思ったのか?」
「好きにしろと言ったはずだ。強要する気はない」
「……………。」
「何故悩む?」
「………クダイといい、お前らといい、この世界は一体どうなっちまったんだか………」
シズクを連れて帰る任務は叶わないだろう。
「いいぜ。教えてやる。ゴッドインメモリーズがどんな魔法なのか」
男として戦士として、その強さに惚れた。