第三十三章 ロンリーウルフ
「ジーナスが………邪神?」
真偽は疑わしい。シェルティの心理的作戦かもしれない。
子供と侮った態度なら、気にする必要もない。しかし、邪神だったとしても女神は女神。ジーナスが素性やゴッドインメモリーズ、その他のことを話さない理由がそこにあるのなら………納得がいく。
また、ジーナスが邪神であるなら、帝国がゴッドインメモリーズを利用して企むのは、ジーナスにとって不利なことなのではないか?
だとすれば、帝国は“悪”ではないのでは?
もちろん、シェルティの言うことをそのまんま鵜呑みにすればの話だが。
「可哀相なボウヤ。知らぬが仏………だったわね」
疑念に惑わされそうになる。
ジーナスが“悪”なら、自分は何の為に戦うのか。手にしたアスカロンは、聖剣は何の為のものなのか。
「絶望しちゃったかしら?ごめんなさいねぇ。アハハ!」
シェルティが高笑う。
「ソニヤ」
シズクが案じる。
心理的に負けてしまっては、もうどうすることも………羽竜とサマエルを呼びに行こうとした時、
「薄汚い笑い声だ」
静かに、けれども威厳にも近い声。を、ソニヤが発した。
「………なんですって?私の聞き間違いかしらね?バジリア帝国一の歌姫と言われる、このシェルティ様の声を………」
「薄汚い笑い声だって言ったんだ。耳が遠いのか?………クソババア」
「な………っ!!」
見た目も綺麗なシェルティを、言うまでもなく皮肉を放った。
どうかしてしまったのかと、普段と違うソニヤを先程にもまして案じるシズクだが、
「下がってて」
ソニヤには届いていない。
「ソニヤ、羽竜とサマエルを呼ぼう!」
「余計なことをするな」
「ソニヤ!!」
「倒す」
「………え?」
「このまま、書物を漁ってても先には進めない」
「だからって………」
「強くなるんだ」
「ソニ………ヤ?」
「先ずは一歩でもいい。強さに近付くんだ。強くなれば、もう惑わされなくて済む」
「惑わされるって、何によ?!」
「弱い心………自分自身にだよ」
このソニヤの思考は、シェルティにとって誤算だろう。
相手にならないような弱者でつまらないと思い、絶望に落とすことで少しでも余興として成り立たせようとした。しかし、それがソニヤに覚悟を与えてしまった。
「ガキがっ………!夢を見るのも大概に………」
「ガキでもボウヤでもどっちでもいいよ。ジーナスが邪神でも女神でも、それもどっちでもいい。ボクはボクのやりたいようにやるだけだ」
「女の子の前でカッコつけるのもいいけれど、その自信が仇になるわよ!」
「黙れよ。この世界で何が起きてるのか、誰の目でもない、ボク自身の目で確かめる!」
遠回りでなく、バジリア帝国に乗り込む。そう決めた。
聖剣アスカロンが、その身からまばゆいオーラを立ち上らせソニヤを包む。
「シェルティだったっけ?女だからって手は抜かないから」
「………っ!手は抜かない?ナメんじゃないわよ!」
負けることなど想定していなかったが、今のソニヤはさっきまでのただの少年なんかではなくなっている。シェルティも実力者だからこそ分かるのだ。
「行くよ!」
ソニヤ本人は、それでも緊張をしている。生まれて初めて剣を握った感触が、全身の血管を拡張させて血流を速めている。
「生意気なッ!ズタズタに引き裂いてやるッ!」
本能的な感覚が危機を伝えながらも、逆上したシェルティはソニヤを迎え撃つ。
全然なってない剣の扱いに、不安要素は見当たらない。なのに、勝てる気がしていない自分がいる。
「てやあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
アスカロンを振り回すソニヤは、まるで無防備の塊。すぐにでも殺せる………はずだ。
手が届く範囲にいる獲物は、何度考えても格下の野鼠。
出せない。チャンスは毎秒訪れるのに、手が出せない。
「どうして………こんな、子供に!」
そして、チャンスはシェルティの前から去り、“野鼠”へと流れて行く。
「うおおおおおおーーーっ!!」
唸り声を上げ、アスカロンを力一杯握り振り抜く。
「ぐはあぁ………っ!」
アスカロンの切っ先は、シェルティの腹部を切り付けた。
体勢を崩し、膝を着き、
「………しくじったわ」
視線はソニヤを探す。
「意外に早く片付いた」
ソニヤは後ろにいた。
「……………。」
視界に入った自分の剣を取ろうとするが、
「動かない方がいい」
ソニヤにアスカロンを突き付けられた。
「………ははは。………あははは!」
「何がおかしい!?」
「参ったわね。この私が、子供にしてやられるなんて」
腹部の傷は幸い浅い。刺すような痛みはあるが、会話の障害にはならない。
「甘く見てたからだ」
「そうね。………やるじゃない」
「シェルティ、さっき言ってたジーナスが邪神って話だけど、詳しく教えてくれないか?」
「聞いてどうするの?自分で確かめるんじゃなかったの?」
「邪神って、悪い神様のことだろ?あんたの話を聞く限り、帝国とジーナスは敵対してるように聞こえた。どうなんだ?」
最後には自分で確かめるつもりだ。だがその前に、仕入れの利く情報なら仕入れておきたい。
「大変なボウヤだこと。ジーナスのこと、ゴッドインメモリーズのこと………簡単に手に入る情報じゃないものねぇ」
「答えてよ。ボクは強くはなりたいけど、出来れば誰も傷付けたくないんだ」
「あら、そう?そんなことを言ってると………」
瞬間的な出来事だった。痛みのおかげで冷静になれたシェルティは、ソニヤの膝を蹴り、落ちていた剣をすかさず拾うと、
「寝首をかかれるのよッ!!」
ソニヤに切り掛かった。
「ソニヤーーッ!」
シズクが名前を呼んでいる。意識はそこにしか集中していなかった。
油断し過ぎたと思った矢先、
「………かはっ………………お前………」
シェルティの心臓から、剣が飛び出していた。
「しばらくぶりだね。どこで何をしてたんだい、シェルティ?」
剣の主が言う。
「ク………クダイ………」
「聞いたところで答えちゃくれないんだろ?」
「う…裏切り者……め………」
「……………。」
クダイは微笑み、シェルティのしぶとい心臓にとどめを刺した。
「勘違いするな。最初から仲間じゃないよ」
神々しいほどに輝く白い鎧が、鮮烈なまでに印象的だった。