第三十章 秘密のティータイム
「ダメですね〜。これだけ調べても、ゴッドインメモリーズのことが書かれた本がないなんて」
目が乾き、疲れた。
オリシリアは目頭を押さえ、やや俯く。
ペースを上げて読んではいるが、ゴッドインメモリーズのことなど何も書かれておらず、先の見えない迷路に迷い込んでいる。
「嘆かないでよ。今日は私とオリシリアの二人だけなんだから」
そして、シズクはまた黙々と古い書物を読み耽る。
ソニヤは羽竜と剣の練習で、サマエルもそれに付き合っている。
アスカロンを手にしたソニヤは、自分は選ばれし者であると言い出し、強くなれると自負している。
書物を読んで一日過ごすより、強くなる為に最大の努力をしている真っ最中なのだ。
ソニヤには女神が現れる可能性があるからまだしも、シズクには助力となるパーソナリティに等しいものがない。
苛立ちと焦り、不安がのしかかり、それでも地道に進むしかないことが恨めしかったりする。
「シズク、少し休みましょう。気持ちは分かりますが、休養も必要です」
「じゃあ、オリシリアだけ休めば。私は大丈夫だから」
言って素直に聞く性格はしていない。
今のシズクには、何を言っても無駄ではあろうが、
「お茶でもしませんか?頭をリフレッシュさせましょう」
根を詰めるシズクが心配で言った。
ところが、シズクは読んでいた本を勢いよく閉じ、
「うるっさいなっ!いいって言ってんでしょ!」
「シズク………わたくしはただ………」
「オリシリアには分からないわ!私は自分が何者か知りたいの!………父親の顔も母親の顔も知らない………ゴッドインメモリーズのことが分かれば、お父さんやお母さんのことが分かるんじゃないかって、そう思ってんの!男に引っ付いて来たあんたには、絶対分からないわ!」
「………いいえ、分かります」
「同情ならやめて!」
「違います。わたくしも、目的があってサマエルに着いて来たのですから」
「へえ。どうせ大したこと………」
「両親を殺した男を追ってます」
「え………?じゃ、じゃあ、オリシリアも………」
オリシリアはコクリと頷いて、
「独り身です。もう何年も、森の中でたった一人で生きて来ました」
「………そうだったの」
「ある日、家に帰ると、無惨に切り付けられた両親の姿が………あなたとは意味合いが違うかもしれませんが、真実を知りたいと言う気持ちは一緒です」
「真実?両親を殺した男のこと?」
「両親を殺した男は、わたくしの知っている男です。わたくしが知りたいのは、男がなぜ両親を殺したか………それだけです」
「顔見知り………なの?」
「………兄です」
「………!!」
「優しい兄でした。そんな兄が、なぜ両親を殺したのか………長年逃げて来ましたが、サマエルに出会い決心が着いたのです。………わたくしはサマエルを好きになりました。きっと、この先もずっと。だからけじめを付けたいのです。兄に両親を殺さなければならなかった理由………真実を話してもらい、わたくしを闇に堕とした忌まわしい過去を消し去りたい。でなければ、純粋な愛を貫く自信がありませんから」
微笑んだ。
そんな簡単な話ではないはずだ。両親を殺した人物が兄であるなど。
「ですからシズク。あなたの気持ちは分かっているつもりです」
「………オリシリア。ごめんなさい。私………」
自分のことしか考えていなかった。
ソニヤだって、女神のこととか、これから先の戦いを見据えて剣を教わってるのだ。
そして、羽竜とサマエルも各々が背負っているものがあるのだろう。
そう思うと、自分だけが特別だなどと、恥ずかしくなる。
「あなたは、わたくし達とは違う運命を持っているんですもの、無理もないです」
そう言ってもらえると、気分が安らぐ。
先の見えない作業だ。休息も必要だろう。
「よしっ!じゃ、お茶でもしてこようか!」
シズクは、「うんっ」と寝起きの猫並に背伸びをした。
「それがいいです。ちょうど向かいに、お洒落なパンケーキ屋がありました。そこにしましょう」
「ソニヤ達には内緒だね」
「ええ。女同士の秘密のティータイムですもの」
意気投合したところが落とし所でもある。辛気臭い話を忘れ、立ち上がろうとした矢先、
「あなた、もしかしてシズクって言うんじゃない?」
女性が声をかけて来た。
薄手のドレスの上に胸当てをし、腰に細剣。
嫌な予感は真っ先にした。
「………誰?」
シズクは後ずさり、オリシリアが前に出て庇う。
「帝国の人間………ですね?」
オリシリアは、長いスカートの裾を上げ、大腿に括り付けていた短剣を手にする。
「その通りよ。………顔も知らない少女だから、探すのに手間取るかと思ったんだけど………助かったわ。情報収集がスムーズに行ってくれたお陰ね」
「名を名乗りなさい」
「あら、必要があるのかしら?」
「どういう意味………ですか?」
「………こういう意味よ!」
帝国の女性は、見事な速さの蹴りでオリシリアを吹っ飛ばす。
腹部の鈍痛を感じた後、並んでいた長い机に背中をぶつけ、オリシリアはすぐに立つことができなかった。
「オリシリア!」
駆け寄ろうとしたシズクは、自分の足が宙でばたついているだけと気付くと、
「シェルティ、目的意外のことは無視しろ」
色の白い男に抱えられていた。
「ウェルシュの言う通りだ。俺達には他の任務があるんだ。さっさと戻ろうぜ」
もう一人、ツンツン髪を立てた男がいた。
「バーニーズ。………そうね。シュナウザーを一人にはしておけないもの」
「そういうこった。早く行こうぜ、ウェルシュ」
「ああ」
そして、突然現れた三人がシズクを連れ立ち去る。
「離してよ!………オリシリア!!助けて!」
「くっ…………シズク……」
届かないと分かっていながら手を伸ばす。むざむざと連れて行かれるわけにいかない。
「オリシリアーーーーーッ!!!」
「シズク………待って………」
ソニヤ達が居てくれたら………そう思いながらも、慣れない痛みが意識を奪っていった。