第二十九章 正邪の行進
「女神に会って、何も聞き出さなかったってのか!?バカかお前!」
心配して損した。
ソニヤは溜め息を漏らし、肩を落とす。
「言われると思ったよ、羽竜」
デカイ声を上げた羽竜に、昨夜の憂鬱さは微塵もなかった。
「大体、なんだって現れやがったんだ?わざわざそのアスカロンとか言う剣を渡す為に、お前に会いに来たってのか?」
それもあるとは思う。
しかし、そのことだけが目的とは思えなかった。
なぜなら、D地区に居ることを知っていながら具体的にどうしろと言うわけでもなく、帝国を止めろと言う割に急かす様子もなかった。
「剣も扱えない奴に、こんなもん宝の持ち腐れだろ」
羽竜はアスカロンを取り上げようとしたが、ソニヤは上手くかわし、間一髪で阻止すると、
「触んないでよ。これはボクのだ」
所有権をハッキリさせた。
「コイツ!弱っちいくせに生意気だぞ!」
対して羽竜は、ソニヤのこめかみを拳をグーにしてぐりぐりと。
「いたたた、痛い痛い!」
「俺に生意気な口利いた罰だ!」
兄弟のように戯れる二人を余所に、
「気になるな」
サマエルが言うと、
「何が気になるの?」
シズクがすかさず聞き返す。
このタイミングで、確かにアスカロンを渡す為だけに、ソニヤの前に現れたとは思い難い。
様子見………なんてことでもないだろう。
「そのジーナスとか言う女神は、ソニヤがここにいることをどうやって知り得たんだ?」
「そんなの………神様だからに決まってんじゃん」
サマエルが何を言わんとしてるのか、シズクにはさっぱりだが、神様だからという理由だけでは説得力に欠けるが、神様だからこその理由があるはずなのだ。
何と無くはシズクも思ってはいる。それを上手く説明するのは、
「ジーナスは、帝国を止めて欲しいと言ってるみたいだが、他に何か目的があるのは明白のようだな」
サマエルだろう。こういうことには嗅覚と知恵が働く。付け加えれば好奇心も。
「そうですね。帝国にゴッドインメモリーズを使わせないように………と言うのはどこか建前で、違う気がします。ですが、他に考えられることは、今のところありませんね」
オリシリアも同意はするが、気まぐれな女神様の考えなど分かるわけがない。
「聖剣アスカロン………そんなものを表舞台に出して来たんだ。思惑は必ずある」
警戒せねばと、サマエルは気を引き締める。
野生の勘が疼く。
「そうとなれば、わたくし達も出来ることは出来るうちにやっておきましょう」
オリシリアも同じものを感じたのか、それはまたあの書物の群れへ挑むということ。
「うん。そうね。私達には出来ることが限られてるもの」
どんな思惑があろうと、シズクは一点、ゴッドインメモリーズのことが知りたい。
ソニヤ達は、向かう先に未来があるのかさえ………描けずにいる。
勉学とはしておくものだと、クダイは我ながら噛み締めていた。
この世界に来てから、オラトリオから必死に文字を習った。暇潰しに本でも読もうと思ってのことだったが、意外な場所で役に立った。
湿気の多い遺跡の中で、崩れた石垣に腰をかけ、キャンドルの燈す小さな明かりが揺れてクダイの顔を闇に映す。
「ジェネラル、お連れしました」
そんな彼の元に、軍服を着た男が一人の男性の老人を連れて現れた。
綺麗な敬礼を決め、老人をクダイの前に立たせた。
「帝国の将軍が、一人で来るような場所ではないが?」
老人は頬まで届きそうな眉毛と、地面に根を張りそうな勢いのヒゲを蓄えていて、相当の年齢を伺わせた。
歴史に詳しいと聞き、治安部隊を捕まえて連れて来させたのだ。
無論、騎兵隊将軍のクダイに逆らうものはおらず、簡単に事が進んだ。
権力とは遠慮せずに行使するものだと、つくづく感じた。
「調べ物だよ」
クダイは老人を見据えた。
歴史に詳しいと言っても、望みの答えを持っているかは分からない。
「ゴッドインメモリーズ………知ってるかい?」
だから核心から突いた。
さっきまで読んでいた古い書物を見せ、問いただす。
「………確かこの世界に存在した、ただひとつの魔法だと思ったがのう」
答えない手もあった。が、惚けながらも少し探ってみる。
「そんなことは分かってる。僕が聞きたいのは、どんな魔法かってことだ。この書物には、ゴッドインメモリーズの名前は出ても、その概要までは書かれていない。あなたなら分かると聞いたから、呼んだんだ」
「………帝国がゴッドインメモリーズを探してることは聞いていたが………どうやらオヌシは単独で動いてるようじゃな」
「どうしてそう思う?」
「何年か前に、帝国はゴッドインメモリーズのことを躍起になって調べておった。その後、ゴッドインメモリーズの秘密を守るように、管理街が出来た。………そして軍も」
「………軍を作ったのがそんなに不思議なのか?反乱を抑える為のものなら、そうおかしいことじゃない。実際、そういう輩もいたしね」
「……………将軍の地位に居ながら、あまりよく分かってないようじゃが………」
「僕のことはいい。質問にだけ答えろ」
この世界で戦争などは起こらない。軍など不要なのだ。
老人はそのことに触れようとせず、
「ゴッドインメモリーズを使う少女がいる。それしか分からん」
ただそう言った。
「歴史に詳しいなら、それらしいことを言えよ。何かあるだろ!」
老人は声を荒げたクダイから書物を取ると、
「ゴッドインメモリーズに関する資料は、全て帝国が処分した。ワシも歳のせいか、物忘れが激しくてな。教えてやれることは何も無い」
本心かどうかは、どうでもよかった。
知っていても教える気はないのだろう。
「もうよいかの?婆さんが畑仕事をしとるもんでな。手伝わにゃ叱られてしまうわ。ふぉっふぉっ」
「………分かった。なら最後にひとつだけ」
クダイは、取られた書物を取り返し、最後のページを開く。
「ここに書いてある“聖剣の勇者”ってのは、何なんだ?ゴッドインメモリーズの使い手を倒したと書いてあるみたいだが………」
「読んだまんまじゃよ。ゴッドインメモリーズによる紛争を収める為に、その使い手を倒した………所詮、お伽話の人物ではあるがの。実在したとも言われておる」
気になった。
ゴッドインメモリーズがどんな魔法か記されていないにも関わらず、終息させる為に使い手を倒したと言う。それも、“聖剣の勇者”などとわざわざ強調された者によって。
この意味するところは実に単純。ゴッドインメモリーズが存在するのなら、必ずこの“聖剣の勇者”も存在する。
お伽話なんかではない。手にした書物に書かれているのは、実際にあった話なのだと確信に至る。
「さて、ワシは帰らせてもらおうかのう。ま、せいぜい頑張りなされ。老い先短い老人には、あまり興味のないことじゃ」
老人は、そう言ってクダイに背を向けた。その時、
「ぐわぁぁ………」
「ジェ、ジェネラルッ!?なんてことを………ッ!」
クダイが老人を切り付け、殺してしまった。
治安部隊の隊員は、クダイが気でも振れたのかと思ったが、
「役に立たない奴は始末するまでだ。君ももう必要ない。さっさと消えてくれ」
そうではないと知ると、恐怖で震えて逃げ出した。
「ジジイが偉そうに人を見下しやがって」
聖剣の勇者のことは、セルバ卿もオラトリオも言ってなかった。
秘密にしてるのか、知らないのか。それとも重要視してないのか?
「………僕から動かねばならないか」
行く手を阻むものは、いつも自分自身なのだと思う。だから自分の決めたことに自信を持つ。
「僕は誰にも負けない。例え運命が相手でも」