第二十ハ章 神の言葉のように 〜後編〜
いつも元気な奴がおとなしいと、なんだか調子が狂ってしまうもの。
席を離れた羽竜を探し、ソニヤは宿に戻ったが、そこには居なかった。
「どこ行ったんだろ………」
広域管理街とは言え、D地区のどこかにいるのは間違いない。
悩んでいるのなら、せめて話くらい聞いてやろうと羽竜を捜し街を歩く。
しかし、繁華街と呼ばれる場所に居ないことは察しがつき、居住区から離れた場所までやってきた。
風通しのよい広場まで来て、ふと考えてみた。思えば、羽竜がどんな人生を歩んで来たのか分からない。
“普通の少年”があれほどの強さを手にするのは、修業なんて都合のいい言葉で片付けられないだろう。
強くなれるだろうか………いずれ来ると言われた運命の時に、逃げずにいられるだろうか。
剣も扱えない。喧嘩も強くない。戦う術を持たない自分が、帝国の野望を阻止出来る方法。そんな魔法があるなら、是が非でも手に入れたい。
「強さ………かぁ」
憧れに焦がれていると、
『ソニヤ』
穏やかな女性の声がした。
振り返る。そこには、
「め、女神様………!」
ソニヤに啓示を与えた女神がいた。
あの日以来、姿を見せなかった女神。
ちょうどいい。聞きたいことがある。
『元気そうで何よりです』
「女神様」
『どうしました?そんなに真剣な顔をして』
当たり前だ。とんでもないことに巻き込んでくれたのだから。
「聞きたいことがあります!」
『………何でしょう?』
「まず、ゴッドインメモリーズってどんな魔法なんですか!」
『………言ったはずです。まだ詳細は伝えられないと』
「ふざけないでよ!ゴッドインメモリーズの為に命を狙われてる子もいるんだ!ボクだって殺されかけた!帝国の野望だって分からないし、それにどうしてボクなのさ!ただ漠然と帝国を止めろと言われても、納得がいかないよ!」
『分かって下さい、ソニヤ』
「勝手なことばっか言うな!こっちは命懸けだぞ!ボクは………ボクは………」
何をどう言えばいいのか。不満をぶつけても始まらないだろうし、愚痴ったところで何も変わらないのは知っている。
成り行きで旅には出たが、目的があまりに重過ぎる。
到達すべき場所はあるのに、行く術を知らないのだ。
その鬱憤は、知りながら何も教えない女神に向くのは自然の流れと言える。
「帝国を止めるかどうかはボクが決める。ボクはあなたの名前すら知らないんだ。だからせめて、言いなりにはならない。自分のことは自分で決める!」
抵抗。操り人形に成りたくない故の。
『………短い時間で、意志の強い男の子になりましたね。………いいでしょう。お好きになさい。あなたがこれから先経験する様々なことは、ひとつひとつあなたを大きくするでしょう。そして気付くはずです。自分が何をしなければならないのか』
どこか棘を感じる言い方だった。
口調は変わらないのに、そんな印象を受けた。
「そうさせてもらう」
ソニヤも、冷たく言った。
『ではこれを受け取りなさい。何も伝えられない私からの、せめてもの贈り物です』
女神が両手を差し出すと、そこに高貴な鞘に収まった剣が現れる。
「これって………」
『その昔、神に選ばれし者が使っていた聖剣。アスカロンです』
「神に選ばれし………者」
『人々が忘れてしまうほど遠い遠い昔話ですが………いずれにしても、あなたの助けとなるでしょう』
「でも………ボクは剣なんて………」
『心配に及びません。あなたもまた、神に選ばれし者なのですから』
アスカロンが宙を漂い、ソニヤの前に漂流する。
恐る恐る伸ばした手が、アスカロンに惹かれ握り締める。
「熱い………」
『………言い忘れました。私の名前はジーナス。お伽話を司る逸話の女神』
アスカロンの熱に浮かされながら、女神を見る。
「ジーナス………様。どうあってもボクに戦いの道を歩ませたいんだね」
『それがあなたの運命です』
「運命運命って………そんなもん………」
『ソニヤ。人は背負っている運命から逃れることは出来ません。誰ひとり、例外無く』
女神の姿が透けて薄くなる。
言いたいことを言い、また消えて行く。
次に会う約束をせずに。
「待って!ジーナス様っ!シズクのことだけでも聞きたいんだっ!」
叫びは届かず、女神はその姿を完全に消した。
「ジーナス様ぁッ!!」
人は運命から逃れられない。
ならば、人は何故生まれて来たのか………その答えは、まだ先にある。