第二十八章 神の言葉のように 〜前編〜
「クク。その顔では収穫はなかったようだな」
晩飯を食らうソニヤとシズクの浮かない顔では、サマエルに言われるのも無理はなかった。
お世辞にも豪華とは言えない料理は、そんな辛気臭さを上手に演出してくれている。
「寝てた奴に言われたくない」
ソニヤはむくれ顔で言った。
「そうよ。どんだけの書物があると思ってんの!」
シズクはシズクで、サマエルの空かした態度が気に入らない。………というよりは、自分自身とゴッドインメモリーズの関係が分からず苛立っていると言った方が正しいかもしれない。
「まあまあ。まだ始まったばかりじゃありませんか。みんなで探せば、必ず何かしら分かりますわ。サマエルも、あまり茶化さないで下さい」
一番冷静なオリシリアが場を和ます。
どういうわけか、サマエルは彼女が言うことには逆らわず、手元にあった果実酒を腹に空けた。
ただ、ソニヤとシズクが懸念していることを、オリシリアも無視は出来ないと思っている。
何と言っても書物の量が半端じゃない。全部読みあさるとして、二、三日の仕事ではないだろうし、ゴッドインメモリーズの記述があるかも定かではないのだ。
効率を考えなければ無駄な時間を過ごすことになる。
書物だけではなく、遺跡なども調べるのがベターなのだろうが、言ったように時間の問題もあるし、帝国の管理下にあるだろう遺跡を調べるのは容易でない。
もっとスムーズな何かを考えなければと、ひとしきり頭を捻る。
世話好きなのか、黙って任せることが出来ないようだ。
「せいぜい頑張ることだ。自分らの運命が懸かっているのだろうからな」
「簡単に言うなよ。ボクもシズクもどれだけ必死だと思ってんだ!」
「ククク。理解はしているつもりだが?」
「してるなら手伝うとかしたらいいだろ!」
「冗談じゃない。それとこれとは別だ。貴様らは自分の為にしてるんだろう?他人の力を借りなければ何も出来ないと言うなら、さっさと諦めるんだな」
サマエルのことをよく知らないソニヤは、なら何故一緒にいるんだと言い返す。が、のれんの腕押し。うんともすんとも手応えはなく、そのうちソニヤの方が疲れて、
「もう頼まないよ!」
癇癪を起こした。
その点、シズクは賢く、サマエルの風貌や言動から、仲間意識を持っていないと悟り、オリシリアと溜め息に苦笑いを浮かべていた。
そんなこんなを一通り終えた頃、食事にも手をつけず、言葉を発していない羽竜にシズクは気付いた。
なんだかんだと一番うるさいのは羽竜………のはず。
それなのに、浮かない表情でボーッとしている。
「羽竜?」
シズクは羽竜の視界に手を振ってみるが、何の応答もない。
具合が悪いのかとも考えたが、顔色は至って普通だ。
「ねぇ、羽竜?聞いてんの?」
少し口調を強めると、
「あ、ああ。なんだ?」
とりあえず反応はあった。
「『なんだ?』じゃないわよ。ボーッとしちゃって。どっか具合悪いの?」
「いや。ちょっと疲れただけだ」
「寝たんでしょ?」
「………悪い、一人にさせてくれ」
シズクの質問に答える余裕はなく、うざく感じる前にと席を離れた。
「何、あの態度!」
プンプンと湯気を立たせたシズクに、
「寝起き悪いのかな?」
ソニヤは暢気に言う。
「アイツも貴様らと同じだ」
そしてサマエルは、ソニヤとシズクに語る。
「羽竜も元は剣も握ったことのない普通の少年。それでも運命に翻弄され、立ち向かい生きて来たんだ」
「羽竜が普通の少年?あんなに強いのに?」
驚くソニヤに、
「今は、突き進んで来た永い時間の重さを感じているのだろう」
「よくわかんないけど、悩んでるってこと?」
ソニヤがシズクと顔を見合わせ、首を傾げる。
まだ漠然としか感覚がない。自分達の運命とか、人生だなんてものに。
本当にまだ何も………始まっているのかさえよく分からない。
そんな二人に、サマエルは告げる。
「………いずれ貴様らにも訪れる。運命に選ばれし申し子ならな」
それは、神の言葉のように。