第二章 喚ばれる者は
遠慮というものを知らないらしい。
倒れていた少年を家までなんとか担ぎ込み、ソニヤは朝食の支度をしていた。
両親も兄弟もいないソニヤは、料理の腕は達人である。それが“災い”したのか、香ばしいスープの香りが少年を蘇らせ、鍋から直接掬って口にするという荒業に出させた。
「ぷはーーーーっ!うんめぇ。お前、料理上手だな!」
と、鎧の品格とは対称的に、品位のカケラもない口調でソニヤを褒めた。
「た、食べ過ぎ……じゃない?」
そんなことを言っても無駄だった。
既に鍋の中はからっぽ。どんな胃袋してんだと言わんや、
「もう終わりか?」
むしろそれは言葉攻めにしか過ぎない。
頬の引き攣るソニヤを見た少年は、
「ま、腹八分目って言うし、やめとくか」
と、勝手なことを言って、無駄な食欲を終止した。
すると、自分の置かれた状況に冷静になったのか、
「そういや、まだ自己紹介してなかったな。俺は羽竜。よろしくな!」
と、腹を満たされた礼も込めて挨拶した。
「あ、ボクはソニヤ。よろしく」
羽竜の勢いに押され、素直にソニヤも自己紹介してしまう。
なんとも不思議な雰囲気を持つ羽竜をじっくり眺める。
「ん?どうした?」
「いや、その鎧………と、翼が………」
ただ者でないことは確かだ。
しかし、この世界を治めてるバジリア帝国の騎兵隊のカラーは、ホワイトだと聞いている。こんな派手な鎧なら、噂に聞いていてもおかしくないのだが、帝国の騎士でないのなら、それはそれでやはり女神の言っていた時の旅人ということだろうか。
「ああ、これか」
羽竜はそう言うと、鎧と翼を消してしまった。
「き、消えた………!」
「説明しにくいんだけどよ、質量の無い物質って言うか………まあ、魔法みたいなもんさ」
「魔法?使えるの?」
「魔法は使えねーけど、似たようなことなら………」
百聞は一見に如かず。羽竜は手を鍋に向け、見えない何かで弾いて見せた。
ガラガラと文句を言うように、音を立て転がる鍋は、実験台にされたことを恨んだのか、跳ね返り羽竜のすねに当たった。
「いってぇ!!」
「…………。」
騒がしい男であることは断定出来そうだ。
「面白いね、羽竜は」
「つつ………え?そ、そうか?」
呆れながらも、ソニヤは微笑んだ。
「ね、ねぇ、羽竜」
「あん?」
そして、聞いておかねばならないことがある。
本人の口から直接聞きたい。時の旅人だと。
「羽竜って………どこの国の人?」
敢えて遠回しに尋ねるのは、万が一にも茶化されるのを防ぎたいから。
ストレートに尋ねて、話の流れをぐちゃぐちゃにされるのも御免被る。そんな気がする。
だから“国”と聞いてみた。
「ああ………なんつーか、俺この世界の人間じゃないんだ」
やっぱり。女神の啓示は本当だった。
羽竜はどう説明しようかと言うよりも、説明することが面倒なように思えた。
きっと、何度も同じことを繰り返して来たのだろう。
「信じらんねーだろ?でも、本当なんだ。ある男を追って、ずっと時空間を旅してんだ」
「………ある男?悪いヤツなの?」
「そりゃあもう悪いヤツさ!宇宙を無に還そうってんだからな!」
「宇宙を無に還す………なんかあんまりピンと来ないけど、要するにみんな無くなっちゃうってこと?」
「話が早くて助かるぜ。そういうことなんだよ。だから、止めなきゃいけない」
「そっか………」
少し考える。
女神は、帝国がゴッドインメモリーズを発動させるのを阻止しろと言った。
しかし、ゴッドインメモリーズなんて魔法も知らないし、羽竜が居てくれても、たった二人で帝国と渡り合うなど…………ソニヤは今ひとつ決心が付かなかった。
「あのね、羽竜………」
「………わーってる」
「え?」
「分かってるって言ったんだ」
「まだ何も言ってないよ!」
「お前の態度見てたら分かるさ。………待ってたんだろ?俺のこと」
ソニヤはぎこちなく頷いた。
「俺も理由は知らねーんだけど、いろんな世界に行く度、そこで誰かが俺を待ってるんだ」
時空間を旅するような人間だ、何かに導かれて来ているのかもしれない。
決心が付かないソニヤも、目には見えない力を感じ取った。
「話してみろよ。きっと力になれる」
力強く言う羽竜に、ソニヤは話してみようと思う。
人に運命が付き物であるならば、それは逃れようもない力なのかもしれない。