第二十七章 羽竜とサマエル
毎度ながら宿で休むと言っても、若さゆえか、誰ひとり昼間から眠ろうとは思わないらしい。
唯一、サマエルだけはベッドに身体を投げ出し、瞬く間に睡眠を開始したが。
そんなサマエルを除き、残る四人はゴッドインメモリーズのことを調べようと、D地区のど真ん中にある図書館へ来ていた。
当然、羽竜はこの世界の文字など読めもせず、調べ物はオリシリアを筆頭に三人に任せることにし、
「俺も宿で寝てるわ」
宿へと戻って行った。
粛々と調べ始めて凡そ二時間。
「う゛〜〜〜〜〜」
背もたれにのけ反り、ソニヤはやけに高い天井を仰いだ。
よくよく考えれば、地道にこの膨大な資料からゴッドインメモリーズに繋がる記述を見つけるのは困難だと気付いた。
歴史書だけを読むにしても、自分とオリシリアとシズクの三人で何日かかるか。
D地区に来れば劇的に何か変わる気でいたが、それは間違いだったようだ。
一冊の書物も、使った時間の甲斐なくまだ三分の一しか進んでないし、本を読む習慣なんか村にいた時はなかった。従って、もう飽きてしまった。
正面のオリシリアは熟読を心掛けていて、飽きた自分の心を満たすのは………と、隣のシズクをチラ見する。
シズクも文学少女って柄ではないし、同じく飽きてるのだろうと思いきや、
「……………。」
オリシリアに負けず、熱心に分厚いハードカバーを読んでいる。
「ね、ねぇ、シズク」
「………なぁに?」
真剣になるのは分かるが、なんとも素っ気ない返事が返って来る。
シズクとしては、ゴッドインメモリーズがどんな魔法なのかということの他に、なぜ自分にしか使えないのか、はたまた本当に自分が使えるのか、突き止めたいんだろうし、一旦宿に引き返そうなどとは、口が裂けても言える状況にない。
「な、なんでもないよ」
仕方がないので、一人で宿に戻ろうと席を立った。
「ソニヤ」
「え………?」
「ソニヤも女神様のこと調べてね」
「………う、うん」
抜目なく見透かす辺りは、やっぱりシズクだと思ってしまう。
退路を断たれたソニヤは、困り果てながらも背丈よりも高く陳列された古い書物の群れへ挑むのだった。
眠るつもりで宿に戻って来たはいいが、全然眠れない。
寝返りを打てども、寝息すら立てないサマエルの背中にイライラする。
がさつな羽竜も、自分の命を狙う男が同じ部屋にいては、睡眠の欠片を見つけられないでいた。
とは言え、サマエルの興味は現段階ではクダイにあり、楽しみは後に取っておくつもりなのかもしれない。
「…………………だあっ!!」
布団を跳ね上げ、堪えられず起き出し、キッとサマエルの背中を睨む。
「おいっ!」
怒鳴り付けるようなデカイ声を発すると、
「………なんだ」
数秒後に振り向きもせずサマエルから応答があった。
怒鳴られるような覚えもなければ、安眠を妨げられる覚えもないわけで、背を翻さないのはささやかな抵抗と言える。
「お前が隣にいると眠れねーんだよ!どっか行け!」
暴論。従う義務も義理も無い。
「オレが先に居たんだ。出て行くならお前の方だ」
聞き分けのない子供を諭すように、羽竜に言った。
シズクのことをあれこれ言ってたわりに、羽竜のわがままっぷりは本能のままである。
まともに相手にすれば、疲労しか戦利品に残らない。
「チッ。相変わらず口の減らねー野郎だぜ」
「お互い様だ」
「んだとッ!」
「………そういえば、お前に伝言があった」
と、羽竜と言い合う内に、忘れていたことをふと思い出した。
「伝言?誰からだよ?」
共通の知り合いはせいぜいヴァルゼ・アークとクダイ。だが、今の言い方からすると違うのははっきりと伺える。
「あかねだ」
サマエルはやはり背を向けたまま、伝言の主の名を口にした。
羽竜の大切なガールフレンドであることは、サマエルも知っており、都合のいいことに羽竜を黙らせる格好のエサだった。
「吉澤が?」
「早く帰って来いとか言ってたな。………クク。最も、何百年も前の伝言だ。帰ったところであかねはもう居ないだろうがな。仮に時間を遡ったとしても、伝言を受けたあの時間に帰れるとは限らん。………ま、これであかねとの約束は果たした。せいぜい逆恨みはせんでくれよ」
「……………。」
皮肉ったわけではなく、サマエルなりに羽竜に気を遣っただけに過ぎない。
縦横無尽な羽竜も困り者だが、ライバルの落ち込む姿も目にしたくない。
がさつな性格は、繊細な心を隠す手段なのだと、そう思っている。
「………サマエル」
「……………。」
「………サンキューな」
仕舞ってあった思い出を開けた羽竜は、突然に何かを思い始めたらしい。
少々タイミングが悪かったかと気にはしたが、
「………気にするな。約束を守っただけだ」
思春期の少年が、未来を捨てなりふり構わず生きて来たのだ。何百年という時を。
自分を見つめ直すきっかけになるのなら、いずれ剣を交えるライバルとして成長して欲しい。
サマエルはそう願うのだった。