第二十六章 +α
ひと時の休憩を終え、ソニヤ達はバジリアD地区へと到着することが出来た。
実に精巧な大理石の建造物が並び、その中心街は活気溢れる庶民の生活の場となっていた。
「うわぁ………すごい」
いち早く感動したのはソニヤだった。
A地区とは違う雰囲気の街。
遺跡をそのまま利用している感がある。
ある種、ここが帝国なのではと思うほどに街全ての敷居が高い。
「で、こっからどうするよ?」
やることは決まっているが、この広さではどこへ行けばいいかも決められない。
羽竜はサマエルに尋ねる。
「オレはお前らに付き合ってるだけだ。お前らで決めろ」
意見の無いサマエルは、冷たくあしらう。
「まずは宿を取りましょう。本当の休息が必要でしょう?」
オリシリアがみんなの気持ちを代弁し、提案してくれた。
のんびりした口調のリズムは、この一行には無くてはならない、言わばメトロノームの役割をしてくれる。
「そうだね。とりあえずベッドでゆっくりしたいや」
そのメトロノームが働き出すと、小さな楽器がリンと鳴りはじめる。
「私、お腹空いた」
シズクの相変わらずな自己中も、これはこれで大切なリズムなのかもしれない。
「だな。野宿は疲れるからな」
小さな楽器が鳴り、がさつに響いていた羽竜もメロディーに乗る。
意見がまとまれば他に考えることはない。
「では参りましょう」
いつの間にかリーダー的に振る舞うオリシリアに、誰も異論はない。
ベッドで休めると思うや否や、急に元気になったソニヤ達は、本当にその必要があるのかと疑いたくなるくらい勢いよく駆け出した。
そんなソニヤ達の運命は、この街から狂い始める。
無論、誰ひとり例外なく。
「四将を連れて参りました」
オラトリオが声を掛けると、垂れ幕を割るようにセルバ卿が姿を見せる。
「ご苦労だった。オラトリオ」
高い位置から見下ろすセルバ卿は、オラトリオのすぐ後ろでひざまずく三人の男女を見つめる。
一人足りない。だが、その理由も承知の上。三人が来てくれただけでも助かる。
たかが少女一人捕まえるのに、これほど労力を要するとは思っていなかった。
「よく来てくれた」
そう言うと、三人の四将は、
「ウェルシュ。ここに」
「バーニーズ。馳せ参じました」
セルバ卿から向かって右端から、二人の男が挨拶をすると、一呼吸置いてから女が、
「お久しぶりです。セルバ卿」
「シェルティか………お前もよく来てくれた」
久しぶりとは言ったが、単に疎遠になっていたのとは違う。
四将はセルバ卿の部下だ。ある意味親密と言う言い方も出来る。
この大事に面会が久々なのは、彼ら四将も任務であるからであって、クダイは彼ら四将の代わりを担っていたのだ。
真に頼るべき部下の帰還に、セルバ卿は安堵していた。反面、一人来ない四将を案じてもいる。
「シュナウザーは来れなかったか………」
「彼まで来てしまったのでは、残された部下が困り果てますから」
シェルティの穏やかな口調が、ひとしきり緊張感を和らげる。
セルバ卿が四将を必要としているのは、論じる時間が無いと言うことでもある。
ウェルシュ、バーニーズ、シェルティの三人に託する任務を、セルバ卿が命じ出す。
「オラトリオから話は聞いておろう。ゴッドインメモリーズを使う少女シズクを、クダイが見つけてくれた。しかしだ、シズクはフェニックスと呼ばれる得体の知れぬ戦士に守られており、クダイでさえ手を焼いている」
「クダイが?それは想像出来ませぬな。あの強さを持って手を焼くなど、まさか神様でもあるまいし」
「バーニーズ!口が過ぎるぞ!」
口を挟んだことををウェルシュに窘められ、フンと鼻を鳴らし不満を表じる。
何かに付けて厳しいウェルシュは、バーニーズには目の上のたんこぶでしかない。同じ地位にいなければ、仮に下であっても敵意を隠さないだろう。
「それでクダイはどうしたのです?死んでしまったとか?」
二人を無視して、シェルティが尋ねる。
「クダイは行方をくらました。まあ元々、信頼に足りる人物ではない。気にはしておらぬが、シズクを狙われては厄介だ。いずれにせよ、我々は早急にゴッドインメモリーズを発動させねばならん。その為にも、お前達でシズクを連れて来い!」
「承知致しました。ウェルシュ、バーニーズ、聞いたわよね?早急によ?“早急に”」
誰かが間に入ってないと、すぐ喧嘩をする二人だけに目を離せない。
言われた二人は、舌打ちをしセルバ卿に再度頭を下げ、決まっていたかのように一斉に立ち去った。
「セルバ卿」
人払いをしなくて済んだと、オラトリオが口づく。
個人的には四将などどうでもいい。所詮、よく言われる四天王の類い。あくまで自分は独立した官僚。立場が違う。
「どうした?オラトリオ」
そのオラトリオが声を静めた。何か言いたいのだ。
聡明なるオラトリオが何を言い出すのか、それが野心なら………悪くない。国王の代理を務めているとは言え、女一人で出来る範囲は限られている。
ならば、男の持つ野心を利用したい。
代理の代理。これほど利便性の高いシステムはないだろう。
ただし、オラトリオが思惑通りのことを言い出せばの話だが。
待ってはいるが、一向に切り出さない。
よもやこちらの思考をトレースしたわけでもないだろうと、セルバ卿は微量の生唾を飲んだ。
「オラトリオ?」
当のオラトリオは、セルバ卿に名を呼ばれてハッとする。
「し、失礼しました」
無意識に何を考えていたのか、オラトリオ自身もよく分かっていない。
が、決めたのだ。今日まで生きて来た意味の為に。
「セルバ卿。四将とは別に私にも独断で動くことを許可願います」
「ほう………唐突な申し出だな。何か思うことがあるのか?」
「フェニックスが如何なる人物かは存じませんが、クダイが二度も任務を失敗するほどです。四将だけに任せておくよりは、その方がいいかと。もちろん、目的はシズクですが」
「………ふむ。………一理ある」
言ってはみたが、建前であることは見透かしている。
まあ、拒む理由はない。
「いいであろう。保険という意味でも、お前には独断で動くことを許可しよう」
その結果を見て見るのも一興だと自分に言い聞かす。
最終的にゴッドインメモリーズが手に入ればそれでいい。
そう思う者が、果して何人いるのか。