第二十四章 序話
快晴な空とは裏腹に、ソニヤとシズクの気持ちは晴れなかった。
訳も分からないうちに反乱軍が全滅し、ゼロも。
羽竜が生きていてくれたことは嬉しかったが、これから先またクダイが襲って来ることを考えると、どうにもネガティブから抜け出せない。
女神は帝国を止めろと言った。だが、今のままでは帝国を止めるどころか、彼らが狙うシズクを守ることさえ不可能だ。
強くなりたいが近道がない。そう思い悩むソニヤと、自分が使えるはずのゴッドインメモリーズが何なのかすら分からないでいるシズク。
不安と重圧が二人を息苦しくしている。
特にシズクは、ゴッドインメモリーズのことを知りたいと思う反面、もしとんでもない魔法だったら………受け止められるか自信がない。そんなジレンマがまた強くなり、胸を突いて離れないのだ。
「D地区に行ったら、ゴッドインメモリーズのこと、何か分かるかなあ………」
ようやく口を開いたシズクは、今すぐは答えの出ない問い掛けをソニヤに向けた。
その為に行くのだから、小さな情報でも“探さなくてはならない”。
ただ、シズクの心情を考えると、そうあっさり言い切る男らしさはソニヤにはなかった。
「心配しなくても大丈夫だよ。羽竜もいるし、あの青い髪の人………サマエルもいる。シズクが一人で調べて、一人でどうにかするわけじゃないんだ。みんな助けてくれるさ」
「うん………でも、なんか色々考えちゃって」
「………やっぱり怖いの?」
「それもあるけど………」
みんな死んで行く。自分に関わる者がみんな。
きっとそれは偶然でしかないのだ。頭では重々に理解している。
しかし、このまま同じことが繰り返されて行くのは我慢出来ない。
もし、ソニヤや羽竜が死んだら?
もう彼らは他人じゃない。頼らねば何も出来ない自分を支えてくれる大切な仲間………友人だ。
「シズク?」
「ねぇ、私も強くなれるかな?」
「え、あ、うん。大丈夫だと思うけど………」
強くと言われても、その強さを知らないのだ。が、シズクは悩んでいる。なら、理屈や意見を述べるのはナンセンス。
男の優しさなんて、不器用なタイミングでしか発揮出来ないもの。
ソニヤはただ笑顔でいた。
余計な気遣いはいらないだろう。シズクの悩みを和らげるほどの言葉は引き出しに入っていないのだから。
「ならソニヤと競争だね。どっちが早く強くなれるか」
競争する意味があるのか?などと思いつつ、彼女が自分のモチベーションを上げる為にひたむきに前向きなのを邪険には出来ない。
道標無き道は、暗中模索の域にある。
しかし、何かを変えたいと思い始めた時から、人は光灯る方へ歩いているのだろう。
そう、物語はまだ始まったばかり。
オリシリアはA地区の中心にある教会へ来ていた。
教会とは言え、どちらかと言えば温かみの無い無機質な建物で、大きなくすんだ金色の十字架がある程度だ。
「教会なんて久しぶりです………」
誰もいない空間で、生きることが邯鄲の夢であることに気持ちが冷える。そんな気分にさせる。
金色の十字架の下、オリシリアは両膝をついて手を組む。
「お父様………お母様………わたくしは………」
もうこの世にはいない両親を思う。
「わたくしはやはりお兄様を捜します」
静まり返る教会で、オリシリアの吐く息の音程までも綺麗に響く。
「お兄様を捜し、真実を聞きたいのです」
許しを請うのは、禁じられたことだから。
「どうして………どうしてお父様とお母様を殺したのか………」
触れてはいけない真実の蓋。天涯に葬ろうとしていた謎を解く決心をした。
ひとしきり祈りを捧げた後、姿勢よく立ち上がり十字架を見上げた。
特に神々しいわけでもないが、
「お兄様、わたくしはもう逃げません。あなたの口から、真実を語っていただきます」
おっとりしたオリシリアが、機微としていた内面を押し出す。
「なるほどな。オレに着いて来た理由はそれなりにあったということか」
「サマエル!いつからそこに………!」
教会の入口の壁にもたれていたサマエルは、おもむろに歩む。
「盗み聞きするつもりはなかったんだが、お前があまりに熱心なもんでな。終わるのを待ってたんだ」
カツン、カツンと足音を鳴らしながらオリシリアの前まで行き、オリシリアが見上げていた十字架を見上げる。
「お前のような若い女が、森の奥に一人暮らしとはおかしいと思ったんだ」
「………サマエル、わたくしは………」
「クックックッ。オレを利用したいのならすればいい」
「利用だなんて………そんな!」
「構わんさ。お前には命を救われた身だ。そのくらいは協力してやろう」
「待って下さい!そういうつもりであなたに着いて来たわけではありません!」
慕う想いがある。ただ、今はまだ言えない。
必死で目で誤解を解こうとするが、上手くはいかない。
「オリシリア」
「………はい」
「祈る必要はない」
「サマエル………」
「目的を持って生きるのなら、すべきことはただひとつ。………自分を信じ貫くことだけだ」
「自分を………信じ貫く………ですか」
「オレはそうやって生きて来た」
最後に頼るのは自分自身。後に退けない時、それは顕著に表れる。
「ありがとうございます。サマエル」
「礼を言われる覚えはないが?」
「いいえ。あなたは優しい人です。必要なことをきちんと教えてくれる。差し詰め、天使のようですわ」
「……………。」
どうにも調子が狂う。
だが、悪い気がしない。
「サマエル、行きましょう」
「どこに?」
急に明るい声で名前を口にされ、少しだけ“怯んだ”。
「わたくし、街に来たのは久しぶりですの。せっかくですし、いろいろ見て回りたいんです」
それはあからさまにデートの誘い。無骨を気取るサマエルであっても、分からないわけではない。
「い、いや、遠慮………」
断ろうとした矢先、手を握られ、
「旅の必需品を買い揃えなければですわ!」
楽しそうに眩しく笑うオリシリアに負けてしまう。
「さ、早く!」
「お、おい、オリシリア!」
サマエルは、自分に足りないものを感じ始めていた。