第二十三章 腹心の渦
羽竜はサマエルに悪戯な笑顔で迫り、傍を離れようとは思っていない。要するにからかっているのだ。
「女連れで俺を追って来たって言われても、あんまり嬉しくないぜ?」
羽竜は、サマエルを茶化すことが愉快でならない。
反乱軍のアジトがあった渓谷を離れ、一行と呼んでいいか決め兼ねる五人は、バジリアA地区へと戻っていた。
「黙ってねーで何とか言えよ」
安い宿だが、まあそんなことに関心を寄せる者はなく、この二人に至っては永い時間を超えた再会の認識で忙しいらしい。
「サマエル〜」
「………この世界に来た時、永い旅の果てにオレは疲れきっていてな。気を失っていた。それをオリシリアが見つけ、面倒を見てくれたんだ」
「ほ〜う。で、仲良くなったと?」
「言っておくが、オレが連れて来たんじゃない。別れを告げた後、彼女が着いて来たんだ」
「はいはい。照れんなって」
茶化すのをやめないのは、羽竜なりの嬉しさの表れであることだと、サマエルにも分かっている。
口ではきっと羽竜に勝てない。それを知っているから、言い訳するのをやめた。
「ところで羽竜。ゴッドインメモリーズだとか言う魔法のことだが………」
「そのことなら聞かれても答えらんねーよ」
「クックッ。秘密主義か」
「そうじゃねぇ。使えるはずのシズクでさえ、どんな魔法なのか知らないんだ。だから、それを調べる為に別の街に行くつもりだったんだ」
「それであの惨事か。つくづくトラブルの絶えない男だな」
「俺のせいじゃねーだろ」
と、多少なり羽竜に仕返す。
「それで、お前はあの小僧達に付き合ってると言うわけか」
「つーか、もしかしたらアイツに会えるんじゃないかと思ってな」
「クックッ。ヴァルゼ・アークか」
「………ああ」
真の目的はそこにある。
羽竜は思いに更けると、
「サマエル、お前はどうすんだ?ここで俺とカタを着けるか?」
この先、クダイがまた立ちはだかるだろう。厄介なヤツだ。その時に、サマエルまで相手に出来る余裕はない。
ここで決着を着けるのも………だが、
「そのつもりでお前を追って来たんだが、この世界で何が起きるのか見てみたくなった。クダイもいるし、随分期待が持てそうだ。クックックッ。しばらくお前達に着いて行くとしよう」
意外な判断を見せつけられた。
一時的ではあるのだろうが、仲間になるということだ。
耳を疑いながらも、確かにそういう意味なのだと理解する。
「不服か?」
片方の口角を上げ、意味深にニヤケるサマエルは羽竜の意外そうな表情に気をよくしていた。
「ケッ。お前も昔から何考えてんだかわかんねーヤツだからな。あれこれ考え込んでも仕方ねーか。ま、好きにしろ」
そう言いながらも、何故かそんな返事もするのではと片隅にあった。
サマエルは実力者だ。味方になってくれたことは心強い。
しかし、気掛かりなのはクダイ。
互いに本気で剣を交えたわけではないが、あの強さは尋常ではなかった。
もし、クダイが本気で剣を振るって来たなら………果してサマエルと二人掛かりでも倒せるか怪しいところだ。
時間の流れがやたらに緩やかに感じることが、嵐の前の静けさであると否定は出来なかった。
「セルバ卿」
オラトリオはひざまづいた。
自分より若い女が上官であることに不満がないわけではないが、なにぶん機嫌を損ねると面倒臭い。
なるべく下手に出てやらねば。こんな時、クダイの気持ちがよく分かる。
「オラトリオか。どうした?」
「はっ。ジェネラル・クダイが見事反乱軍を殲滅したと、私の部下より報告が入りました」
「意外に早かったな。まあよい。で、騎兵隊はシズクを探しに向かったのであろうな?」
「そのことなんですが、騎兵隊はジェネラル・クダイを残し命を落とした模様です」
“全滅”という言葉をわざと使わなかった。
言っておくが、オラトリオが特別セルバ卿を警戒しているわけではない。
飽くまで面倒を避けたいだけだ。
「なるほど。それでクダイはどうした?お前が部下に監視させてねば、反乱軍の殲滅すら分からなかった。まさか責任を感じて逃亡したわけではあるまい」
「クダイは行方を眩ませておりますが、次の策を練っておるかと………」
「何の根拠があってそう思う?」
オラトリオがクダイを懇意にしているのは知っている。
クダイが行方を眩ませている事実がある以上、言い訳は問答無用。
「オラトリオ」
「………はっ」
「あの男はどうにも信用ならん。不可思議な力と剣技を買ってジェネラルの地位を与えたが、人間的なものは話が別だ。なにがしの腹心を抱いて行動しておる気がする。行方を眩ませたということは、ひとつ決断をしたということだろう」
この鋭い推理力も好きになれない要素だ。
それがまた案外的を外さないから尚更。
「ではクダイは………」
「いや、クダイにはジェネラルでいてもらう。カリスマ性も高い上、利用価値もある。いずれ姿を現すであろう。やたらと自信家のようだしな。とりあえずはオラトリオ、お前の部下にもシズクを探させろ。それと、四将を呼べ」
「四将………をですか?」
「そうだ。クダイと………クダイがフェニックスと呼ぶ戦士。牙を剥かれてからではこちらも痛手を負う。そうなる前に準備だけはしておかねば」
セルバ卿は先のことを考えている。ずっと先のことを。
推理力ではなく、本能で知っているのだ。
クダイが裏切ること、フェニックスが障害となること。
秘め事が暴かれてしまうその前に、勝負に出なければならない時が来る。
「急げオラトリオ。ゴッドインメモリーズを誰にも渡すな!」
「………御意」
だが、腹心を抱いているのがクダイだけとは限らない。
そんな気がしてならないオラトリオは、自身もまたひとつ決断をしなければならないと思っていた。