第二十二章 いつか必ず
「お知り合いですか?」
と、女性は羽竜に尋ねる。
サマエルに聞いても答えてくれないだろうことは承知しているのだ。
「あ、俺は羽竜」
「まあ、これは真っ赤で素敵な鎧の騎士様で。申し遅れました、わたくしオリシリアと言います」
オリシリアは礼儀を弁えた挨拶をすると、シズクに支えられて起き上がるソニヤの下へ駆け足をする。
「まあ!酷いケガではありませんか!」
「え……あ、へ、平気です」
強がるソニヤを見て、軽く微笑むと、
「男の子ですね。頼もしいですよ」
「は、はぁ………」
言われたソニヤは、何と答えていいか分からずに曖昧に相槌を打った。
「あなたお名前は?」
「ボクは、ソニヤって言います」
「そう。こちらの女の子は?」
無作法な顔で立つシズクは、何と無くオリシリアに苛立ち、
「シズク」
早口で言った。
聞き取れなかったとしても、改めて言い直すつもりはなかったが、
「シズク………綺麗な名前ね」
ちゃんと聞き取れていたらしい。
意味もなく苛立つのも失礼かとは思う。しかし、なぜか好きになれそうにない。
「クダイに喧嘩売ったのか。やるじゃねえか」
そこへ、羽竜が来てソニヤに言った。
戦う術の無いソニヤが挑んだ。男として讃えてやりたいのだ。
「死ななかったのは奇跡だな」
その奇跡であるサマエルを見るなり、ソニヤは礼を言う。
「あの、ありがとうございます。あなたが居なかったら、きっと死んでいたと思います」
律儀に深々と頭を下げる。
サマエルは、「礼を言われる覚えはない」と、照れ隠しかどうか分からない態度を示す。
「ところで羽竜。お前が居るということは、“あの男”もこの世界に居るのか?」
再会の喜びを分かち合う気はサマエルには無い。
無論、羽竜も承知のようで、
「さあな。まだ分かんねーよ。居るかもしれないけど、普通に現れた試しがねーからな」
ずっと一緒に過ごして来た仲間のように答えた。
それを見ていたソニヤもシズクも、二人が単なる知り合いでないことは勘繰れた。
そして、クダイ意外の共通の知り合い。たまに羽竜の口から出てくるヴァルゼ・アークという奴であることも同様に、充分に勘繰ることが出来た。
「ところでみなさん、夜も更けて参りました。近くの街で宿をとりましょう」
と、不意にオリシリアが提案すると、サマエルが先に歩く。
「羽竜………」
ソニヤは、どうしても確認したいことがあった。
ゼロのことだ。
「ゼロは、私とソニヤを逃がす為に………」
事情の説明をシズクがしようとしたが、それには及ばない。
もう、既に居ないだろう。この世には。
数日だけ世話になった恩人を救ってやれなかった。羽竜の後悔は深かった。
「ゼロの仇は必ず取る。だから、今は泣くな」
その言葉に二人は頷き、想う。
いつか果たさねばならない恩人の仇。強くなりたい。その日が来る時までに。
野宿も慣れたものだが、今朝はどこか懐かしい感覚で目覚めた。
青い匂いが鼻孔の奥へ突き進み、非常に快適に起床を促す。
「………う〜ん。ふわぁ」
背伸びも自発的に、軽く欠伸をしてみた。
クダイはただぼんやりと遠くを眺める。視界には、反乱軍のアジト………の残骸。この距離からだとそれがよく分かると、微笑する。
自分のやりたいと思うことが、こうも上手く行かないものかと、感心してしまうのだ。
それでも、見返りはあった。
羽竜とサマエル。こんなに胸が躍るのはいつ以来か。
立ち上がり朝日と向き合う。
「さあて、どうしよっか」
部下は全滅させられていた。おそらくは羽竜の仕業。
部下の調達に帝国へ一旦戻るべきなのだろうが、セルバ卿が黙っているとは思えない。
若いくせに小言が多くていけ好かない。となれば、
「ゴッドインメモリーズを調べてみるか」
帝国で唯一信頼出来るオラトリオに聞いても教えてはくれなかった。
ならば、自分で調べてみるのも“手”だろう。
「シトリー、待ってておくれ。必ず君に会いに行く」
目的の為に、手段は選ぶべきではない。