第二十章 ダーインスレイヴ
「ジェネラルはどうした?」
「いや、見ていない。アジトの中にはいなかった。ひょっとしたら、抜け道があってそこからシズクを追ったのかもしれん」
「ならば我々も行くぞ。抜け道があったなら、このアジトから向こう側だ」
「反乱軍はどうする?」
「誰も生き残っちゃいないさ」。
騎兵隊は任務完了と、こんな時でも冷静に人数を確認し合うと、クダイを捜そうとしていた。
未だ炎は我が物顔で力を発揮し続け、その中を鎧も脱がず任務を全うしたことは、自分達で褒め讃えたいくらいだ。
「人数は?」
「大丈夫だ。全員いる。さっき確認したよ」
「よし。ならば谷を迂回してクダイ様を追うぞ!」
馬を置いて行った以上、そう遠くまでは行けないだろう。すぐに追いつき、部下としての責務と有能さを示すつもりだった。
だが………
「ここから逃げられると思ってんのか………」
どこからか響く声。
辺りを見渡しキョロキョロしていると、騎兵隊の真上に炎の渦が現れ、やがて鳥の形を成すと、百の騎兵隊の大半を熱波で焼き尽くした。
「うお………な、なんだ……?」
たじろぎ、皆剣を構える。
「目的の為なら手段を選ばないってのが気に入らねぇ」
炎の成した鳥は、文句を言い人の形を作る。それは羽竜へと姿を変えた。
「お………お前は!!バカなッ!?クダイ様にやられたはずじゃ………!!」
「生憎だな。あの程度じゃ死なないんだよ」
誰も羽竜に挑む者はいない。あの人間離れした機敏さは、訓練されたものではないと悟っているから。つまりは、人間ではないと。
「武器を持っていた人間なら仕方ない。けど、女子供まで殺す必要はなかったはずだ!あまつさえ、火を放つなんて………なぁにが騎兵隊だ!お前らは、ただの外道だあーッ!!」
体内に秘めたオーラを解放し、一気に蹴散らす。
そうでもしなければ、気が狂いそうだった。
鎧ごと粉々に、辺り一面を吹き飛ばした。
「ハァ………ハァ………クダイ………あの野郎、ぜってー許さねえッ!」
一方。ソニヤは我を忘れクダイに立ち向かうも、てんで話にならず、分厚い金属を纏った拳や蹴りで無様に転がるばかり。
「ソニヤ!」
居ても立っても居られず、シズクは介抱する。
小さなソニヤの身体が、クダイに暴力を振るわれる度に宙に舞うのが堪えられなかった。
「ソニヤ!しっかりして!」
「うくっ………」
半目を開け、それでも網膜を刺激するのはシズクの顔なんかではなく、
「身の程を弁えたか?」
クダイの顔。
「もうやめてよ!これ以上はソニヤが死んじゃう!」
「彼が望んだことだ」
「あなたの目的は私でしょ!ソニヤは関係ないわ!」
「ああ、そうさ。シズク、君さえ連れて帰ればそれでいい。だが、そこのボウヤには分かってもらわなければならない。正義なんてものは存在しないってね」
ソニヤの瞳にまだ力がある。だから気に入らない。
かつての自分もこんな瞳をしていたのなら、クダイにとっては恥でしかない。
世の中のことを知らない純粋さは、誇ることではない。
無知で、無秩序で、若さとはそれだけの瞬間。
しかし、そんな時代の自分をソニヤに見てしまう。悪夢のように。
その残像を振り払わなければ息苦しくて敵わない。
「立て、ソニヤ。僕に逆らった罰は受けてもらう」
「自分が………なんでも正しいと思ってるのかよ」
「フッ。物分かりの悪い。………正義など存在しないと言ったろ。僕が正しいかどうかが重要なんじゃない。君が僕に逆らった事実が許せないんだよ」
「………エゴイストめ!」
「まだ反省の色が見えないな。いいさ、どうせ生かしてはおかない」
振り上げたダーインスレイヴが、夜だというのにやけに鋭く光る。
ギロチン台に乗せられた気分になりながらも、ソニヤは退かない。退けば、自分が何をしに村から出て来たのか分からなくなるからだ。
「シズク、君は下がっててくれないか」
「下がるわけないでしょ」
「………君も聞き分けがないね。どうにもこの世界には、僕の好む人間はいないようだ」
ふぅと息を吐いたその後、
「きゃあっ!痛い!何すんのよ!」
「シ、シズク!」
シズクの髪を鷲掴み、
「邪魔だって言ってるんだ!」
放り投げる。
「クダイ!シズクは女の子だぞ!」
「関係ない。僕は忠告したんだ。親切にね」
「なんてヤツだ………!最低のクソ野郎!」
「何とでも言いたまえ。暴言を吐く暇があるなら、念仏でも唱えた方が賢いと思うけどね」
ダーインスレイヴを振り上げ、痛みで思うように動けないソニヤの首を狙う。
「あの世で羽竜によろしく言っておいてくれ」
「………ッ!」
歯を食いしばり、立てない自分を呪う。
そして、ダーインスレイヴは振り下ろされた。