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第十九章 衝動に身を任せて

渓谷からまばゆい明かりが洩れていた。一見神秘的に見えるその様も、騎兵隊による乱殺だと分かっているソニヤとシズクには、ただただ絶望するだけだった。


「くそっ!なんでこんなことになるんだ!」


羽竜が死に、おそらくゼロも殺されてるだろう。やり場のない怒りが、ソニヤを苦しめる。

もう大分遠くへ来たつもりだが、そうでなかったとしても、走り切る体力が残っていない。

昼間、羽竜に鍛えてもらった後遺症は、意外に根が深かった。


「これから………どうするの?」


シズクもまた、希望など見えない己の人生に打ち萎れるだけでしかない。


「どうするって………分からないよ。逃げても、また追われる。逃げて、逃げて、どんなに逃げても最後は捕まってしまうんだ。はは………なんでこんな目に合わなきゃならないんだ」


絶望。絶望絶望絶望絶望絶望。本当にただそれだけの感情。

僅かなお金では、出来ることは限られている。

生きる尊厳が見つからない。


「なんだ、もっと遠くに逃げたかと思ったよ」


その時、甘い声がした。


「クダイ………」


ソニヤにとってその甘い声は、今では恐怖しか感じない。


「君、名前は?」


そうソニヤに尋ねる。

ずっと気にはなっていたし、記憶に無いだけで羽竜かシズクが一度は口にしていたかもしれない。

どちらにせよ、そんなに気にかける存在でもないのだが、羽竜の友人ならと思ったまでだ。


「ソニヤ」


「ソニヤか。暑苦しくない涼しい名前だ。じゃあソニヤ、彼女をこちらに渡してもらおう。もちろん、君の命は保証する」


「そんな言葉、信じられるかっ!」


「心外だな。こう見えてもバジリア帝国騎兵隊のリーダーであり、ジェネラルだ。嘘なんか言わないさ」


「嘘つきじゃないか!」


「僕が?はて、いつ嘘を言ったかな?」


「だって、この前A地区では逃がしてくれたのに、なんで今日はこんなことをするんだ!」


「あはは。それは嘘とは言わないよ」


「同じことだ!とにかく信用出来ない!シズクはお前なんかには渡さない!」


「………やれやれ。まあ、君みたいなヤツは嫌いじゃない。かつて僕自身もそうだった。使命感って言うのか、燃えることに精一杯で正義がなんであるか考えもしなかった。けどね、世界というのは、君程度が思うほど単純じゃないんだ。一億の人がいれば、一億の思惑があり、複雑に絡み合う。数日で考えが変わることなんて、何ら珍しいことではないんだよ」


まだ若かった自分と重なるから、ソニヤの行動に腹が立つ。

それだけに、怒りをあらわにして子供じみたことをするのは賢くない。


「さあ、シズク。こっちに来るんだ。君だって、ソニヤが死ぬのは本意じゃないはずだ」


そう言われ、シズクはソニヤを見れなかった。

ソニヤにだってこの先の見通しがない。ソニヤがさっき言った通り、今逃げてもいつか捕まってしまう。

ならば、せめてソニヤの命だけは救ってやりたい。

クダイに従おうと前に出た時、シズクの腕をソニヤが掴んだ。


「ソニヤ!」


「行かせない」


「え………?」


「ボクはダメだね。君に諦めるなって言っておきながら、ボクが諦めてた」


ソニヤはシズクを後ろに下げ、クダイの前に立ちはだかる。


「………何の真似だ?」


あかさまに不機嫌になるクダイ。


「決まってる。戦うんだ」


「フッ………笑えないね。戦うだって?有り得ないよ。僕と君とでは、コメディーにすら描けない。………命が惜しくないのか?」


「惜しいさ。でも、仲間を敵に渡して救われた命なんて、ゴミ以下だ。だから戦う!勝ち負けなんてどうでもいい!ボク達は死ぬ為に生きてるわけじゃないっ!」


「ソニヤ、君はバカだよ。勝たなきゃ意味がないんだ。負けたら何も残らない。綺麗事だけで正義を語るなッ!」


「うるさいっ!人の命を平気で駆け引きに使うようなヤツよりマシだっ!」


クダイに食ってかかる。これにはクダイも意外だった。

ソニヤから、威圧感を感じてしまったのだ。


「剣も持たずに、どうやって僕と戦うと言うんだ?」


「剣が無くても拳がある!」


羽竜に教わった通りに構える。使い込まれてない華奢な拳に、クダイも思わず吹き出す。


「フハハハ!そんなやわな拳で何が出来るんだ?面白いヤツだ………いいだろう。そんなに死にたいなら殺してやる!」


ダーインスレイヴの切っ先をソニヤに向け宣告する。

どうせなら、シズクへの見せしめに。


「やめて!ソニヤ!お願い!あなたじゃクダイには勝てない!羽竜だって勝てなかったのよ!?」


当のシズクは、ソニヤの身を案じるだけで精一杯だ。

ソニヤが何を考えてるのか全く理解出来ない。

自殺行為にしか思えないのだ。


「ソニヤ!」


「シズク。ボク達は考え違いしてたのかもしれないよ」


「考え違い………?何を言ってるの?」


「大きな運命を背負ってる。望んだことじゃないからと、卑屈になって逃げてたんだ。………逃げても解決なんてしないのに。戦う理由がボク達にはある!戦わなきゃ、ボク達に道は無いんだ!」


「だからって!」


「君は仲間だ!ボクはそう思ってる!君はどうなんだ?」


「私は………私だってソニヤと同じだよ!初めての仲間だもん!」


「………ありがとう。ならボクは君を守る!」


どれだけ厳つい顔を出来ただろう。ありったけの覚悟をクダイにぶつける。


「クダイ!」


「フン………偉そうに呼び捨てか」


「お前は自分とボクが似てると言った」


「昔のね」


「でもボクはお前とは違う!正義なんてクソ食らえだっ!お前がムカつくから、お前に屈服したくない!大切なものは、この手で守る!」


「………鼻につくガキだ」


クダイから熱気が押し寄せる。それが闘気オーラであると、ソニヤに分かるわけもないが、異様な空気であることは確かだ。


「あの世で後悔しろ、ソニヤ!」


「そのセリフは、ボクを殺してから言えよ!」


突き動かされる衝動に、今は身を任せてみたかった。


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