第十五章 セッション
「眠れないの?」
一人月を眺めるシズクに、ソニヤは声をかけた。
「ソニヤ」
「と、隣、いい?」
ズバッと物を言うシズク。強く断られたらすぐ退散しようと思っていたのだが、
「うん。いいよ」
意外に優しく言ってくれた。
気が変わらないうちにと、そそくさと左隣を占拠する。
まだシズクのことをよく知らない。これまでの言動を踏まえれば、隣を占拠したことで“家賃”を請求してくるかもしれない。………まあ、それはソニヤの偏見なのだが。
「つ、月が綺麗だね」
特に会話を必要としない仲と言うわけでもなく、かと言って話す内容を決めていたわけでもない。
我ながら情けないとは思いながらも、ご機嫌を伺うパターンをチョイスした。
「私の村から見た月も綺麗だった。高台があってね、そこがお気に入りだったの」
月なんてどこから見ても変わらない。シズクとてそう思っているが、もう失くなった故郷を思えばそれくらいしか言えない。
「私、本当のお父さんとお母さん知らないんだ」
淋しさを堪えているのか、シズクは膝を抱えた。
「小さい頃から、いろんな人の手を渡り歩いて来たの。どうして私だけ転々しなきゃいけないのか、ずっと分からなかった。………騎兵隊が来るまではね」
自覚が無いだけに、こんな生活をしなければならないことに不満がある。
そして何よりも、自分のことで殺された村の人達。他にも犠牲になった人達がいると、クダイは言っていた。
何も出来ない自分が嫌だった。
「ごめん」
と、ソニヤが口を開く。
「どうしてソニヤが謝るの?」
謝るなら、せっかく話しかけてくれたのに、暗い話題を振った自分だろう。
「ボク、何て言ってあげたらいいのか分からない」
なのに、ソニヤはシズクに対して申し訳なく思っている。
「くすっ」
あまりに健気なソニヤに、思わず吹き出してしまった。
「な、なんで笑うんだよ!」
「だってぇ。そんな深刻にならなくて大丈夫よ。決めたの、私」
「決めた?何をさ」
「自分が何者なのか、ゴッドインメモリーズがどんな魔法なのか知りたいじゃない。あなただって、どうして女神様が現れたのか知りたいでしょ?」
「そりゃ………まぁ………」
「それにね、こんなことにならなくても、お父さんとお母さんのことは調べるつもりだったの。生きる糧が、それしかなかったから。もし、まだ生きてるなら会いたい。会って文句のひとつも言いたい。………ダメ……かな?」
恨んでいるわけではないようで、愛情を感じないわけでもない。
「ううん。ダメなんかじゃないよ。言ってやればいいさ。思い切りね」
どんな文句を言ったとしても、きっと全てが甘えっ子のわがままに過ぎない。
そんな気持ち、似た境遇のソニヤに分からないわけがない。
「ボクもね、両親がいないんだ」
「え?」
「小さい頃に死んじゃった」
ソニヤは、さらりと笑顔を見せ、
「諦めちゃダメだ。生きてる可能性があるなら、追い求めるんだ!」
いつの間にかシズクの手を握っていた。
それに気付いて、慌てて手を離す。
「あわわ!ごごご、ごめん!」
「………あははは!」
「な、なんで笑うんだよ!間違っただけだって!」
真っ赤になって否定する姿が、余計に笑いを誘う。
だが、シズクが笑うのはソニヤが無意識に手を握ったからなんかではない。
「はは………あ〜おかしい」
「なな、なんなんだよ!」
「意外に熱いのね。変な人」
「ば、ばかにして!」
無意識な行動も恥ずかしいが、勘違いしてたのも恥ずかしい。
ぷくぅっと頬を膨らませ、むくれて見せる。
まだ笑うシズクは、やっぱり可愛かった。
これからどうなるのかなんて、考えてどうなるものでもない。
「ありがとう。ソニヤ」
「……べ、別にいいよ」
「照れてんの?カワイイ」
「シズク!」
「あははは!」
抗えないほどの運命が来ようとも、抗うことしか出来ないのだから。
「君の口添えか。オラトリオ」
朝起きて、セルバ卿に呼ばれ増員が叶った。一晩で何があったか定かではないが、見えない力が働いたのは、疑いようもない事実だった。
クダイは、それがオラトリオの仕業だと分かっていた。
「なんのことかな?私は知らないよ」
とぼけてはいても、顔がニヤついている。
クダイに与えられた常備兵は五十。増員されプラス五十。合わせて百人の大所帯になった。
しかし、増員の条件も出されている。
「シズク捕獲の前に、A地区付近に潜む反乱軍を掃討するよう言われたよ」
「そうかい。まあ、気負わなくていい。反乱軍と言っても、武器も満足に調達出来ない素人の集団だからね」
やはりと言うか、当然のごとくオラトリオも知っていた。
「放っておいても害の無い連中だが、最近行動範囲が広くて迷惑してたんだ。他の民が影響を受け加担する前に、君に片付けてもらう………もっともな理由がなけりゃ、増員出来る雰囲気じゃなかったんだ。許して欲しい」
元々、増員をしても羽竜を相手にすれば意味の無いことだし、羽竜と戦うことが目的じゃない。
羽竜に時間を与える為に帰還した、その理由として願い出ただけのこと。
結界的に、余計な仕事をこなさねばならない時間が出来た。
その間に、羽竜達がゴッドインメモリーズのどこまで近づいてくれるか。
都合のいいことばかり起きるもんだと思いながら、クダイは白馬の背に飛び乗る。
既に百人の騎兵隊員は待機して、クダイの号令を待っている状態。
「礼を言うよ。オラトリオ」
「気にしないでくれ。それよりも、詳し場所を教えておこう」
そう言って、クダイに地図を渡す。
クダイも同じものを持っているが、オラトリオからもらった地図には、反乱軍がいる場所と付近の地形の詳細が記されてある。
「スキーモ渓谷。そんなに深い渓谷じゃないんだが、周囲が狭すぎる。部下の配置を間違うと、剣を振るうのに難儀しかねない。気をつけて」
気遣う言葉をクダイにかけ、武運を願った。
クダイが負けることなど無いと知りながら。
「感謝するよ。期待に応えて来よう。シズクの件もね」
そうオラトリオに言うと、部下に向き直り、
「みんな、まずは反乱軍を掲げる輩の掃討だ!その後で世界でただ一人の魔法使いの少女、シズクを追う!今回はお咎めはなかったが、次はそうはいかない!失敗の許されない任務だ!気合いを入れてくれ!」
部下達は声を上げ、クダイに応える。
クダイはマスクを被ると、部下を引き連れ先頭を行く。
(今はなんでも“演じて”やるさ。今に見てろ。最後に笑うのは、この僕なんだ)
思惑を秘め、道化を演じるクダイは微笑んでいた。