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第十章 一歩

クダイにとっては清々しい朝だった。それは気分的にもだ。


「本当にこのまま撤退されるのですか?」


任務放棄と非難されるかもしれないのに、一度帝国へ帰ると言い出したクダイの真意が分からなかった。

街の入口で、騎兵隊は白い馬にまたがり、横一列に整列している。

その中の、副官の立場にある者がクダイに尋ねた。


「状況が変わったんだ。羽竜の存在を報告しなきゃならない」


「いかにクダイ様のお知り合いとは言え、あの少年そこまで要注意人物とは思えませんが?」


「君達が心配してるのはそんなことじゃないんだろ?」


「…………。」


「任務を遂げず戻ったら罰せられるんじゃないか………違う?」


それだけ騎兵隊の任務に対する責任は重い。

罰を受けたくないというのも本音だろう。


「それも………あります」


「アハハ。正直だね。でも気にしなくていい。これは上官たる僕が決めたこと。君達に迷惑はかけない。罰を受けるなら、僕一人だ」


「クダイ様」


「さ、出発しよう」


将軍という地位にある者の言葉とは思えない。それがまた、部下達を引き付けるクダイの魅力でもある。

だが、当の本人は上官である云々の前に、もっと違うものを見ている。


(羽竜、次に会えるのを楽しみにしてるよ)


その瞳には、透き通る空が映っていた。










街を出て、一夜明かしたのは川原。

いつ眠ったのかも知らずに起きた朝は、これでもかというくらい晴天で、


「やっと起きたか」


羽竜も、少なくとも曇り空の表情はしていなかった。


「ずっと起きてたの?」


寝ていた雰囲気がなく、多少疲れを顔に表している羽竜に、ソニヤは申し訳なさそうに尋ねた。


「逃げられたら困ると思ったんだが………」


そう言った羽竜の視線は、川に素足を浸して涼む少女の姿。

暑さもあってか、フードを被ってない少女は、愛らしい顔で追われていたことを忘れているようにも見える。

羽竜が心配する必要もなかったらしく、少女はソニヤが起きたのを見ると、履物を手にこちらへ歩いて来た。


「お寝坊さんなのね」


「え………?」


「寝具もないのに、よく寝れるなぁって感心しちゃった」


ソニヤは、自分の中にある常識の引き出しを片っ端から開けてみる。

確か、夕べ彼女を帝国騎兵隊から助けたはずだ。ならば、まずは「夕べは助けてくれてありがとう」と聞こえて来るのが普通ではないか?

小さな村に居ても、それは共通の常識のはず。


「ちょっと待ってよ!まずは挨拶が先だろ!名前だって知らないんだ!」


と、ボルテージが一気に上昇する。


「見かけによらず、細かいのね。いいわ。私はシズク。夕べはどうもありがとう」


少女は言われた通り名をシズクと名乗り、事務的口調を使って昨夜のお礼を言った。


「なんだよ!その嫌々な言い方は!」


だが、ソニヤはシズクの態度が気に入らないらしい。


「うるさい男ね。私は名前を言ったわよ。次はあなたの番」


「ぬぅ………っ」


「唸ってないで、自己紹介くらいしてよ」


「わ、わかったよ。ボクはソニヤ。彼は………」


「羽竜でしょ。さっき聞いた」


「…………。」


「そんな顔しないでよ。寝坊したソニヤが悪いんだからね」


羽竜には名前を“聞いた”と言った。それが気に入らないだけなのだが、


「さて、ソニヤも起きたことだし、話を聞かせてもらおうか」


エンドレスな会話の流れを羽竜が変える。

シズクはあまり乗り気じゃないような顔をしたが、


「言いたくないってのはナシだぜ。ワケありってのは知ってんだ」


単純に言えと言われてるのではないことくらい、シズクにも分かっている。

言わないのなら、ここからは別行動。言えば、事情によっては力になってもらえる。

ソニヤと違い、ドライに感じる羽竜は、白黒はっきりさせたいタイプだろうと、シズクは羽竜の前に座り、


「私にもよく分からない」


語り出しを否定の言葉で飾った。


「騎兵隊は、ある日突然私の村にやって来て、私を探し出す為に村に火を放ったの。わけもわからず逃げてはみたけど、騎兵隊ジェネラル………あなたのお知り合いかしら?彼に捕まったのよ」


「でも、クダイはお前を連れて逃げろと言ったんだ。どういうことだ?」


「知らないわよ!私に分かるわけがないじゃない!」


「………あいつは、クダイはお前に何か言わなかったか?」


じっとシズクを見つめる。

羽竜は察しがついている。

クダイがシズクを連れて逃げろと言ったのは、彼女に何かしらキーワードになるようなことを伝えているからだ。

そう、追われている理由を。


「ゴッドインメモリーズ………」


「あん?ゴッド………なんだって?」


「世界でたったひとつの魔法ゴッドインメモリーズ。それを私が使えるって」


「使えるのか?」


シズクは首を横にブンブンと振った。


「そんな魔法知らないし、魔法なんてものが存在することも、初めて知った」


落胆するようにうなだれる。

シズクは本当に何も知らないのだ。

ゴッドインメモリーズ。それを覚えておけと、クダイからのメッセージなのだ。


「ねぇ、羽竜」


そこへ、ソニヤが今度は自分の番だと言わんばかりに口を挟む。


「クダイって、羽竜が言ってた人だよね?」


「………ああ。昔は、お前みたいに華奢で、とても頼りになる奴じゃなかった。……………………ヘッ、すっかり見違えちまったよ。大人になっただけじゃなく、あんな屈強な肉体になりやがって」


懐かしく、されど新鮮で。手放しで喜べる再会にはならないだろう。そんな予感はする。ただ、何があって永い時間を生きてるかはさておき、生きていてくれた。それだけで今は満足だった。

含みのあるやり取りも、それはそれで彼の成長の証。


「ソニヤ」


「うん」


「女神の啓示通り、帝国が何か企んでるのは事実だな」


「………そうだね」


ソニヤにも、羽竜が何を言いたいかは分かった。

シズクは、この旅に欠かせない。だから二人はシズクを見る。


「お前の前に現れた女神も、随分味なことするじゃないか。だろ?とりあえず彼女を守りながら、世界でただひとつの魔法の秘密を探れと導いてくれたんだ」


「そう解釈して間違いない?」


「このまま帝国に行くことも考えてたけど、クダイがいるんじゃ一筋縄じゃあいかない。まずは帝国が狙う、その魔法が何なのか。調べるんだ」


それもまた、クダイからの暗黙のメッセージ。


「ゴッドインメモリーズか………」


その鍵を握るシズクを、ソニヤはただじっと見つめていた。

出会ってしまった後悔は、まだ先の話だった。


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