第九章 因果律
「お前………あのクダイなのか?」
旧友とも言うべき人物に、羽竜は戸惑いを隠せなかった。
しかも、随分と成長して立派な男になっている。
「そうだよ。“あの”クダイだ」
対して、クダイは戸惑いどころか、羽竜との再会に至福している。
同じ時空間を旅する者。いつかはこんな日が来るような気もしていた。望んでいた。
「羽竜、クダイって………」
ソニヤもまた戸惑っていた。
羽竜から話を聞いた人物が目の前にいる。運命に翻弄されていたという人物が。
「ああ。お前に言った人物だ。だいぶ大人になっちまったがな」
しかし、こうして今目の前にいるということは、運命に打ち勝った。そういうことなのだろう。
そう考えると、戸惑いもやがて喜びに変わる。
「クダイ。お前こんなところで何やってるんだ?」
「見ての通り、ちゃんと就職したのさ」
「ふざけんな。なんでこの世界に居るのか聞いてるんだ!」
「居ちゃ悪いのかい?」
「そうじゃなくてだな、ケファノスやシトリーの居た世界が気に入ってたんじゃなかったのかよ。………ははぁん、さてはシトリー辺りにフラれたかぁ?」
茶化しただけで、本気で言ったわけではないのだが、突然クダイが黄金の剣で攻撃して来た。
羽竜もギリギリで受け止め、鍔ぜり合い状態になる。
「な、何しやがるっ!」
「羽竜。積もる話もあるが、今はそういう状況じゃない」
「………どういう意味だ?」
「言わなくとも分かるだろう?」
鼻先がくっつきそうなくらいの接近で、クダイが囁く。
会話を部下に聞かれたくないのだろう。
「………あのフードの女か?何者なんだ、彼女?お前らみたいな身分の高い連中が追い回すんだ、よっぽどの理由があるんだろ」
「察しがいいね」
「ちょっと考えれば分かることだ。捕まえてどうする気だ?返答によっては、渡すわけにはいかないぜ?」
「さあ?煮るかもしれないし、焼くかもしれない。場合によっちゃあ、生で食べるのかもしれないよ」
「ケッ。お前にブラックジョークのセンスがあったとはな」
「ユーモアと言ってくれ。君に会えて心から嬉しいんだ。君もそう思ってくれてるはずだ」
「それはどうかな。今のお前からは、あの頃の純粋なオーラを感じない。それに、その余裕。思惑がどっかにある証拠だ。嬉しくは思うけど、素直には喜べないな」
「僕も長い時間を生きて来た。犠牲にして来たものも数多くある。少年で居続けるほど、純粋ではいられなくなったってことさ」
「正義正義ってうるさかった奴が、すっかり汚れちまったって言いたいのかよ」
「正義なんてまやかし。そう教えてくれたのは君だ」
「クダイ。何があったんだ?」
「………今は言えない。いずれ、僕と君の運命が互いを求めた時が来たなら、その機会もあるさ」
この再会は偶然なんかじゃない。二人共そう確信している。
本気で鍔ぜり合う羽竜とクダイ。気を抜けば斬られてしまう。
それでも、この上ないコミュニケーション。
クダイは、成長した自分を見せ付けたいのだ。
しかし、そうも言ってられない。見せ掛けの一触即発に、部下達が加勢しようと剣を構え出した。
「羽竜。時間がない。あの少女を連れて逃げるんだ」
「なっ、何っ?」
「細かい説明は省く。とにかく、今は言う通りにしてくれ」
「クダイ」
「さあ、部下にこの演出がペテンだとバレる前に、僕を弾き飛ばすんだ」
逃げ道を与えてくれるらしい。
正直、騎兵隊など羽竜にとって敵ではない。が、逆らえばクダイは本気で戦うつもりだろう。
今のクダイの実力を測れない以上、戦闘に持ち込むのは愚行と言える。
羽竜は、意を決してクダイの腹部を思いきり蹴飛ばした。
「くっ………!」
手加減はされたのだろうが、それでも充分な威力だった。
クダイは部下達の方へ、派手に倒れ込む。
「ソニヤ!その女連れて逃げるぞ!」
「え?あ、うん!」
羽竜に言われ、ソニヤはフードの少女の手を取ると、
「行こう!」
声をかけた。
フードの少女はコクリと頷き、羽竜とソニヤに連れられ走った。
「クダイ様!」
部下達がクダイを起こす。
逃げて行く羽竜達を追おうとする部下達に、
「行くな!」
クダイはそう言った。
「し、しかしクダイ様!あの少女を追わなければ!」
「追っても返り討ちに合うだけだ」
任務を達成出来なくなる焦りが部下達にはある。が、クダイは敢えて逃がしたのだ。そんな理屈は関係ないわけで、
「諦めるんだ。彼には勝てない」
クダイがそう言い切ると、意見する者は居なかった。
「クダイ様のお知り合いのようですが………」
「君達が知らないほど昔に、僕に運命への抗い方を教えてくれた人さ。言わば恩人だ」
どう見てもクダイより若い羽竜との昔など、たかが知れているのだろうが、それ以上に含みのあるクダイの言葉を、因果の無い部下達が理解するのには無理があった。
「一体、彼は何者なんです?」
「羽竜かい?彼は………」
この一言に込める想いは、単純ではなかった。
再会の喜び。
言えないでいた感謝。
強さへの尊敬。
そして、これから始まる出来事への期待。
それらを込めてクダイは言った。
「不死鳥………フェニックスだ」
右手に握る黄金の剣ジャスティスソードが、クダイに呼応するように闇夜に輝いていた。