序章
少女は逃げていた。
星が降り注ぐような夜空の下、生きる為にただやみくもに逃げていた。
「ハァ、ハァ………」
立ち止まれば当然捕まる。その後はどうなるか分からない。
後ろでは、村が炎に包まれ、人々の悲鳴が聞こえる。
知った住人の悲鳴。耳を塞ぎ、涙を流し、絶望感の中走るしかない。
「うぅ………みんなぁ………」
白いワンピースは泥に塗れ、栗色の髪は汚れ、膝や肘は何度か転んだのか、切り傷があった。
「おいっ!居たぞーっ!!」
少女を追う者の声がした。
必死に走る少女だったが、相手は馬に乗っている。
諦めたくないと、歯を食いしばる少女の先は、
「!!」
「残念だったな。そこから先は崖だ。観念しろ!」
振り向けば、白い馬に闇にさえ映える白い鎧を纏った騎兵隊。
「やれやれだね。こんな辺鄙な村まで来させられて、女の子を追い回す羽目になるなんて」
騎兵隊を割って入って来たのも、やはり白い馬に白い鎧の騎士。フルフェイスのマスクで顔を隠していて、無性に腹立たしい。
ただ、明らかにリーダーだとわかるのは、彼が来た途端、騎兵隊は道を作るように二つに端に寄ったこと。
「ジェネラル。おそらくこの少女で間違いないかと」
騎兵隊の一人が、彼を称号で呼んだ。
正しかった。少女はそのマスクを睨みつける。
「君の名はシズクっていうのかい?」
彼は少女の睨みなど気にするそぶりもなく、淡々と尋問を始めた。
睨まれたところで、特に何かが起きるわけでもない。
「話したくないのなら、それでもいいさ。けど、生き残りの村人達の命の保証は出来ない。幼くとも、僕の言ってることがわかるはずだ」
我ながら卑怯だとは思う。が、批難されても構わない。自分のスタイルを貫くだけ。
ジェネラルの言葉に、少女は唇を噛んだ。血が出るほど。
「おいおい。舌を噛んで死なんでくれよ。君を連れて帰らねばならないんだ」
ジェネラルは知っている。少女は村人を犠牲に出来る年齢でも、その運命の重さを無視することもしないと。
「人殺し!!」
「フッ。ようやく口を開いたと思えば、人殺しか。ま、何て言われてもいいけど、一応僕らはバジリア帝国騎兵隊。世界の治安を守る者だ。必要な人殺しは認められている」
すると、両腰に下がった剣のうち、左側の剣を抜いた。
「もう一度聞こう。君の名はシズクで間違いないね?」
少女は答えなかった。
多分、もう断定はしているはず。わざわざ名前を言わすのは、一応の確認ってところだろう。
そういう態度が気に入らない。
「ハハ。強情だなあ。君みたいに気の強い女性、嫌いじゃないけど………」
ジェネラルは剣を少女の喉元に突き付ける。
「殺されないと安心してるなら大間違いだ。試してみようか?」
少し力を入れると、刃が食い込み血が一筋流れた。
「そんなに聞きたいなら言ってやる!そうよ!私の名前はシズクよ!あなた達、こんなことしていつか天罰が下るから!」
死ぬことに怯えてるのではない。
得体の知れない権力に屈してしまうことが嫌なのだ。
「天罰?あははは。………人間が軽々しく天罰などと口にするな!」
持っていた剣で、少女の脇腹を切る。
「あぁ………っ!」
少女は初めての痛覚に、地面に平伏す形で倒れる。
切り口から血が流れている。
このまま死んでしまう。見上げた先には、自分を傷付けた騎兵隊のジェネラル。
そして、意識を失った。
「ジェネラル!なんてことを!」
部下の一人が慌ただしく少女を保護する。
殺すことが目的じゃない。生きて捕まえることが国からの命令。
「さっさと運んで手当てをしてやれ。大丈夫。死にはしない」
ジェネラルの指示で、少女が運ばれて行く。
一段落着いたと、マスクを脱ぐと長い髪が夜風に遊ぶ。
ふぅ。と息を吐き、崖からの景色を遠い目で眺めた。
「国に仕えるって、楽じゃないよね。今なら気持ちがわかるよ………シャクス」
剣を鞘に収めると、部下が一人戻って来た。
長居するつもりはなかったが、一休みする間もないらしい。
「クダイ様」
「なんだい?」
「残った村人はどうします?」
ふむ。と、顎に手を当て考え込む。
「村と一緒に焼き払ってくれ。生き証人って、後々面倒に成り兼ねないからね」
「わかりました」
部下は再度馬を走らせ戻って行く。
「さあて、この世界は僕にどんな夢を見せてくれるのか」
新たなる戦いが幕を開けた。