お父様とユグドラシル教の教義
「貴様……! それは本当か……?」
ビシっと教皇の執務室の壁に亀裂が入る。
思わず本気の殺気を教皇に叩き付けてしまう。
現在は教皇を拘束してさして楽しくもない尋問タイムだ。
貌なしに証拠を捕まれて観念したのだろう。
滑らかに教皇は隠し事をベラベラと話す。
まぁ少しでも私が嘘と感じれば待っているのは本気の拷問だ。この小癪なジジイもこの土壇場で誤魔化すような事はしない。
むしろ、こういう空気の読める所が小癪なのだが……。
当然、エドワードとシャル君は護衛をつけて別室で待機だ。
こんな話を子どもに聞かせるつもりはない。
「……ワシもヴァリアント退役騎士療養所の隠蔽工作をした時に気付いたんじゃがな。」
赤眼も使えぬ軟弱な南部貴族とは言え、流石は誰よりも長く国の政治にしがみつくジジイだ。
教皇は私の殺気を受けて冷や汗ひとつかかずに返答をする。
「聖女は魔族達に身体を改造されておる。」
……ネビロスという魔族がいた。
原作ゲームにも出てくる四死天なる捻りもへったくれもないネーミングの敵側四天王ポジションの一人だ。
闇と水の属性を操るそいつは優れた魔法使いであると同時にイカれた研究者でもあった。
ゲームでも人体実験やらなんならをしていたのだが、現実となったこの世界でもそれは同じらしい。
摘発した書類には恐るべき研究結果が書かれていた。
魂と魔力の融合、人工精霊化、魂の分割、魔力をフックにした他者との融合――――。
字面を見るだけで禁忌をどっぷり侵していると分かる実験内容。
レオナルド達からの報告によると、ネビロスは肉体を捨てて自身の闇属性を付与した水、黒水と同化していたらしい。
人工精霊……。
つまり、実験は成功していたという訳だ。
「驚愕。同じ系統の魔法使いとしては信じられない。少なくともこのネビロスという魔族は私よりも数段上の魔法使い」
無表情ではあるが、内心では心底驚いているのだろう。
珍しく冷や汗をかいて驚いた様子の貌なし。
年齢不詳の大魔法使いである貌なしにそこまで言わせれるのだ。
確かにこいつは大した奴なのだろう。
しかし、頭のネジが外れているどころか中身をぶちまけたような奴だな。
まともな感性をしているとは思えん。
「聖女ソフィアと言ったか? この子も若い身空で思い切った事をする……。明らかに自分から志願して実験台になっているな……」
見れば見るほど顔をしかめたくなるような実験がその書類には記載されていた。
聖女の身体にネビロスの意識を転写した黒水を植え付け、指揮者の術式を刻み込む?
なるほど。確かに成功すれば安易に強力な兵士が作れるだろう。
肉体に他者の魔力を植え付け、さらにそこに他人の術式を刻み込んでまともな精神を保てればの話だが……。
……くそ。気分が悪くなる。今回の事が落ち着いたら関連書類は全て破棄だな。
私自ら焼き捨ててやる。
「落ち着いて」
私の内心の動揺を察知した貌なしが声を掛けてくる。
いかんな。動揺を隠しきれていない。
「ああ。わかっている」
子ども達が生まれてからは、どうも子どもが不幸な目に合う話に嫌悪感が隠し切れん。
正直、聖女が大人なら自分の判断したことだと割り切れもするのだがな……。
まだ十五歳。子どもではないのかもしれんが、まだまだ経験の浅いヒヨっ子だ。
どこまで自分の意思なのやら……。
「……それで? お前はここまでの事態を把握しておきながら何故静観していた?
わが身可愛さとは言え、ご丁寧に隠ぺい工作までして」
後ろ手に縛られた教皇の胸倉を掴み持ち上げて睨みつける。
「聖女の狙いは平民じゃ。それならば儂にあの子らを否定する気はないのう?」
「ジジイ。貴様……」
教皇の襟首を掴んで持ち上げる腕にさらに力を込める。
「お主もいい加減、聖女や魔族の狙いに気づいておるじゃろう? 降魔大戦の開戦理由と同じじゃよ……。」
私に襟首を締めあげられチアノーゼを起こしかけつつも、こちらを見下してくる教皇。
ちっと舌打ちをして投げつけるように教皇を椅子に降ろす。
「……あの与太話を信じろと?」
「真理じゃ。お主とて平民と貴族の混血、平民でも使える魔法技術、魔術の普及。この十五年で色々と対策をしておるではないか」
ポーカーフェイスを維持していたが、それなりに限界だったのだろう。
ゴホゴホと咳をしながら、それでも尚こちらを睨みつけてくる教皇。
「別にその妄言を信じて推し進めている訳ではないがな……」
まぁ色々と丁度都合が良かったのは事実だ。
「世界樹の恩寵は循環する。我々が恩寵を糧にこの世を生き抜き、そしてそれは世界に還元され、死を迎え世界樹に帰る。
この循環に参加出来ぬ者が増え過ぎるのは世界にとって致命的な不具合を起こす。
それこそが基幹的破滅。
その点においては我々ユグドラシル教と魔族達の考えは一致しておる。 まぁワシは奴らほど直接的に事を進める気はないがな。」
「――大気魔力減少の阻止。目的はそれか」
大気魔力。
文字通り、大気中に含まれている魔力だ。
そしてこの世界において我々生物が生命活動をする上で大気中の魔力を取り込む必要がある。
まぁそんなご大層な話ではない。
この世界では呼吸で吸っている酸素に魔力という成分が含まれているというだけの話だ。
この魔力の出どころは諸説あるが、魔法を使った際のロス分等が空気中に漂っていると言われている。
我々生物が空気を吸い込むのと同時に大気魔力を取り込み、魔法を使う事で減った大気魔力量が戻るという循環だ。
この現象を捉えて、ユグドラシル教の連中は世界樹の加護と呼んでいる。
そして魔族達や他種族にも似た様な思想があるらしい。
つまる所、魔力なる不思議エネルギーの循環こそがこの世界の礎という訳だ。
しかし、そんな循環に参加できない例外がある。
非魔導生物である人間族。
つまりは、平民たちである。
平民の増加がこの世界にとっての害悪だとユグドラシル教も魔族も言っているのだ。
選民思想もここまで言えれば大したもんだ。
「確かにワシは破戒僧じゃが、ユグドラシルの恩寵は信じておる。貴様が大気魔力と称したモノはワシらに取っては世界樹の恩寵よ。それを無駄に消費する事しか出来ん平民は殺されても文句は言えんよ」
「鼻持ちならん貴族の意見だ」
「魔族よりはマシだと思うがな。奴らからすると人間種族全員が抹殺対象じゃ。奴らの言葉でいうならば……」
「ワールドキャンサー。15年前に魔族の大統領が我々人間を総じてそんな事を言っていたな。世界の平和を守る為に戦うしかなかったのだと……」
ワールドキャンサー。つまり、世界癌。
奴等の理屈で言うなら人間種族は生きているだけで罪なのだそうだ。
なるほど。基幹的破滅とは大気魔力の減少による世界樹の免疫不全の事か。
大戦の亡霊ここに極まれりだな……。




