思春期長男と婚約者、お付きの騎士様
王都の夜は明るい。
照明が炎しかなかったのは今や昔。
王城を中心に東西南北に伸びる目抜き通りには
魔導ランプの光が煌々と照らされている。
王城周辺にある貴族街などは勿論のこと、大衆向けの店や庶民の家ですら夜は魔導ランプの灯りが点っている。
「やっぱり王都って素敵ですよね。夜でもこんなに明るいなんて……。」
うっとりと馬車の外を見つめるユーリア。
ゆっくりと流れる窓の外は暗闇に光る街灯に照らされた幻想的な王都の街並みが見えていた。
「……普通じゃない? 前にレオの家に遊びに行った時、公爵領もこんな感じだったじゃん。」
「私はレオナルド様に話し掛けたの。その口を縫い付けられたいの? あぁ、駄目ね。私アンタに触りたくないもの。馬車から飛び降りて死んでくれないかしら?」
軽口を叩いたアランをユーリアは汚物を見るような目で睨みつける、
「レオ! お前の嫁さん最近オレに酷くないか!?」
「……うん、まぁ、そうだな。」
先程までは氷のように冷たい目をしていたが、
アランにレオナルドの嫁と言われて満更でもない顔をしているユーリア。
そんな彼女を見て困った様にレオナルドは笑う。
今日はアランと屋敷で新魔法の習得訓練をしており、気付けばこんな時間になっていた。
いつもなら歩いて帰るアランなのだが、慣れない頭を使ったのかフラフラしていたので馬車で家まで送ることになったのだ。
そして、当然の様にレオナルドの横に座っているユーリア。
本来であればメイドが主人の息子の横に座るなど叱責物だが、正式な婚約者でもあるので誰も文句は言えなかった。
―――俺としても文句はないのだが、こう距離が近いと少し緊張するな……。
そんな事を考えながらも、嬉しそうな顔をして隣に座る婚約者を見る。
普段は淑女の顔をするユーリアだが、アランと
3人でいる時、彼女は大体こんな感じだ。
―――まぁ、何だかんだで3人でいることも多いしユーリアもアルに素を見せているんだろう。
そんなことを思いながら、婚約者の全てを好意的に受け入れているレオナルドはアランの勘違いを訂正する。
「街灯にしろ各家庭の照明器具にしろ、魔導伝達所とそこを繋げる魔導線を埋設する必要があるからな。王国じゃあ王都と公爵領くらいしかないんだよ。」
いわゆる発電所と電線の関係。
当然、発案者はロベルトである。
戦後すぐの頃、荒れ果てた王国の復興と合わせて前世知識をベースにした各種インフラを併せ持つ都市づくりを敢行したのだった。
しかしながら魔導伝達所の普及率はそこまで高くない。
導入や維持にコストがかかり過ぎると言うのが大きな問題であった。
「―――それに農業なんかの第一次産業がメインの所は日の入りと共に寝たりもするし、導入にそこまで積極的じゃない領主も多いんだ。
せめてもう少し導入や維持のコストが下がれば話は変わるかもしれんがな。」
「ウチの領地なんかもお母様とお姉様が光を嫌うから導入は絶望的で……。最近は蝋燭の光すら怖がるようになってしまって大変なんです。」
それはユーリアさんが二人を太陽の下に引きずり出して拷問にかけたからでは……?
困った顔をするユーリアを前に、喉元まで出かかった言葉をアランは呑み込む。
「まぁセーデルホルム家はちょっとユーリアがはしゃぎ過ぎたからな気もするが、このお父様が考案した都市型魔力供給機構はどこにでも導入されている物ではないんだ。」
「なるほどねぇ……。」
そう呟きながらアランは、可愛く「もう!レオナルド様ったら!」と頬を膨らませるユーリアを無視して窓の外を見る。
夜の8時を過ぎた辺り。まだまだ夜はこれからだと人通りの多い目抜き通りの景色が目に入る。
アランは孤児とはいえ、育ちは王都。
見慣れたこの風景も他領に住む人からすると異質に映るものなのかもしれないなとボンヤリと考えた。
そこでアランは違和感を覚える。
「……あれ? 何かあの街灯、変じゃないか?」
複数の街灯がチラついていた。
この王都で育って15年。
街灯が壊れて光らなくなったのを見た事はあるし、何なら通りで遊んでいてボールを当てて壊した事もある。
神父様に見つかって大目玉を食らった苦い記憶だ。
―――でも、あんな風に複数の街灯が点滅する所は見た事がない。
「……確かに変ですね。照明系の魔導具は刻まれた術式に魔力を流す事で発光しているはずです。1つ2つ壊れるならありえますが、あんな風に複数の照明が連動して不具合を起こす事はありえません。」
「そうなると、大元の魔導伝達所で何か不具合があったんだろうな。魔力の供給不足か?」
「うーん。それだと点滅ではなくて光量が減るとか消えるとかになるんじゃないですか?
どちらかと言うとこの点滅の仕方は魔力の供給システムが何かに阻害されてるとか……。」
魔導具に詳しいユーリアとレオナルドが頭を捻る。
アランには魔導具の知識はない。
2人の話している内容はさっぱり分からない。
しかし、この数ヶ月間徹底的に鍛えられた嗅覚がきな臭い何かを感じとる。
――――前線の臭いがする。
公爵家の新人騎士。サー・フロントライン。
押し付けられたとはいえ、その名に恥じぬ鋭敏な感覚が拭い切れぬ違和感を感じ取っていた。
「……敵が、あの魔族達が関係しているとして、その魔導伝達所を襲う意味はある?」
思考を戦闘モードに切り替えたアランに内心驚きながらレオナルドは顎に手を当てて思考を加速させる。
「……ある。言ってしまえばあそこは巨大な魔力の容器だ。日夜、大小様々な魔石が運び込まれている。術式を弄れるならどんな魔法だって使いたい放題。例えば、王都を吹き飛ばすことだって―――、まさか……!」
自分で言いながら事態の深刻さに驚くレオナルド。
「御館様と騎士団の先輩達はご不在……。
奴等がそれを知っているなら何か事を起こすなら絶好の機会だな。」
そう言いながらアランは馬車の窓を開ける。
「ちょっ……! 貴方一人で行く気!?
まだ何かが起こってるなんて確証もないまま勝手に判断なんかしたら―――!」
「もしオレの勘違いなら……まぁ必死に御館様と奥様に謝るよ。」
そう言って窓の縁に手をかけ、サッと馬車の天井に登る。
「……ちっ。仕方ない。俺もアイツと行く。
ユーリアはこのまま馬車で屋敷に帰って他の人達にこの事を―――。」
「嫌です。」
ニッコリと笑ってレオナルドの言う事を否定するユーリア。
顔こそ笑っているが、その目は1mmも笑っていない。
「貴方が死地に向かうなら私もお傍に控えます。足でまといにはなりません。私の血に宿る全てを使って貴方をお守りします。」
「……どうやら女の趣味は親子で似るらしい。
お母様は元々、J隊の隊長だったそうだ。」
テコでも動かなさそうなユーリアを見てレオナルドはため息をつく。
戦時中、エリザベートはロベルトがどれだけ言っても戦地に向かう彼の傍を離れようとしない為、結婚前にも関わらず子どもを仕込んだというのは有名な話だ。
「……女の趣味。」
ポツリとユーリアが呟き、ずいっとレオナルドのすぐ側に寄って来る。
「ど、どうした……?」
「今、女って呼ばれたのが何か良かったです。
次はお前は俺の女って言って貰えませんか?
好きな人にぞんざいに扱われるの、私案外嫌いじゃないみたいで……!」
頬を赤らめてレオナルドに迫るユーリア。
「い、今か!? え、いや……えぇ……?」
ふんすと鼻息を鳴らし、期待した目をするユーリアを見て狼狽えるレオナルド。
思春期真っ最中のレオナルドはパニックだ。
「……イチャつくんならもう2人とも帰れよ。」
珍しく冷たい目をしたアランが窓の外からレオナルドに苦言を呈した。




