主人公と悪役貴族
カチカチカチカチと時計の音が部屋に響く。
……あぁ、気まずいな。
何度目かになるか分からない溜息を呑み込む。
何でこんな事になったんだろう。
理由は分かっている。
オレが平民なのに、いや、産まれも何もかも不確かな孤児なのに魔力を持っているからだ。
オレはアラン。
苗字も何もないただのアランだ。
オレはどうやら戦災孤児らしい。
赤ん坊の時に孤児院を経営するシスターと神父様に戦場で拾われたんだ。
アランという名前はお包みに書いてあったそうだ。
こう言うと不幸な身の上みたいに思われる事も多いが、オレはそんな風には思わない。
オレからするとそれが普通だ。
孤児院の皆がオレの兄弟。
シスターがママ姉ちゃん。
神父様がパパおじさん。
それがオレの家族なのだ。
こうなった切っ掛けは年が明けてすぐの頃。
王立学園の入学試験を受けて来いと難しい顔をした神父様がオレに言って来た。
何でも国からの命令で魔力を持つ可能性がある子どもは強制的に試験を受けろとの事らしい。
オレは何だかよく分からないまま王立学園の立派な門をくぐる羽目になった。
試験の結果はよく分からない。
ただ少なくとも座学は全然だった。
何せオレは自分の名前すら書けないのだから。
―――でも落ちてる方が良いな。
正直、貴族達の事はどうも好きになれない。
貴族と街ですれ違った事が何度かあるのだが、決まってオレ達の事を蔑んだ目で嘲笑う。
あぁ可哀想。あんな薄汚れたぼろ布を着て。
きっと毎日ゴミを食べてるんだって。
だから俺は貴族何か嫌いだ。
アイツらには毎日仕事で汚れて帰って来るオレの服を洗ってくれるまだ小さい兄弟達の苦労も、シスターが作ってくれるシチューの味も分からないんだ。
試験終わりに何だか偉そうなぽっちゃりしたヤツから決闘だなんだと喧嘩を売られた。
自分では別に血の気が多い方ではないと思うのだが、相手が貴族だからだろう。
やるならやってやるよ! くらいは言い返した。
……その結果がこれだ。
学のないオレでも分かるくらいに豪華な部屋。
ふかふかのソファに高そうな調度品の数々。
これが応接室と言うのだろう。
そこのソファの端っこにおっかかなビックリ腰をかけるオレ。
このソファを汚してしまうかしれないと考えたら満足に座ることすら出来ない。
最初は空気椅子をしていたのだが、15分も過ぎれば疲れてきたのでソファの端っこに少しだけ腰掛けることにした。
目の前には見るからに不機嫌そうな男の子。
あの日オレに決闘だと騒いでいたぽっちゃりしたヤツが座っている。
今朝いきなりウチの前に高級そうな……実際高級なのだろうが、馬車が止まり、あれよあれよという間にこの屋敷に連れ込まれてしまった。
きっとコイツは貴族でも偉いのだろう。
多分、男爵とか子爵?よりも。
……そう言えばオレはコイツの名前すら知らないな。
「あー、えーと、お前……いや、貴方、様の? お名前を教えてくれ…………ださい。」
「誰がダサいだ!?」
「え!? あ、いや、そうじゃなくて! いや、そうでは……ござりませぬ? 」
慣れない敬語で四苦八苦してるとアイツは盛大に溜息をつく。
「はぁ……。別に話しやすい様に話せ。 どうせお前とは学園では同級生になるんだしな。」
あれ?思ったよりコイツは良い奴なのか?
怒りはするが何だか話が通じる……。
それにしても、学園で同級生ねぇ。
筆記0点でも入れてくれるのだろうか?
「ホントか!? マジで助かるよ。敬語なんて話した事なくてさ! オレはアラン! お前は?」
「…… レオナルド・ジョンストン・フォン・フィンスター=ヘレオールだ。」
「レオナ……なんだって? あー、長いしレオで良いよな?」
「お前の距離感はどうなっているんだ……?
気安い関係だったとしても普通はもう少し遠慮をするだろう?」
何やらダメだったらしい。
呆れ返った顔でレオは再び溜息をつく。
んー、でもまぁよくよく考えれば同い年なんだし、話し方はこんなもんじゃないか?
実は仕事ばっかしているので同い年の友達なんかいた事はないけど……。
「いや、だって話しやすい様に話せって言ったじゃないか。レオは貴族なんだろ? オレは貴族と話したことなんかないから勝手が分からないんだよ!……友達もあんまりいないし。」
本当は全くいないのだが、少し見栄を張ってあんまりと言ったのは仕方ないと思う。
「……俺も平民と話したのは初めてだ。俺とてお前との距離感を測りかねてるんだ。そこは察しろ。それにまぁ、俺も取り巻きみたいな奴はいるが、友達と言うといないな……。」
なるほど。気まずかったのはお互い様だったのか! それに友達もいないらしい。
そう思うと何だか親近感が湧いてきた。
「なら初めて同士、手探りでやってこーぜ!
大丈夫! オレ達なら絶対上手くやれるって!」
「はぁ……。お前は俺の何を知っているんだ。何でお父様はお前なんかに興味を持ったんだろう……。」
「オレはレオの親父さんに呼ばれたのか?」
「そうだが、一応言っておくぞ。俺はともかく、お父様の前でそんな舐めた口をきくと処罰されるからな?」
そ、そんな怖いの!?
もうずっと黙ってた方が良いのか……?
「や、やっぱりレオの親父さんは偉いのか?
なんつぅの?伯爵とか?」
「公爵だ。 ロベルト・マクスウェル・フォン・フィンスター=ヘレオール公爵と―――」
「公爵……ロベルト・マクスウェル・フォン・フィンスター=ヘレオール公爵!?」
レオの言葉に驚いたオレは高そうなソファ事など頭から飛んでしまい、その場で立ち上がる。
「え、ちょっと待て。つまりあれか? レオはあのロベルト・マクスウェル・フォン・フィンスター=ヘレオール公爵の息子?」
「そ、その通りだが……、お父様の事を知っているのか?」
何やらレオが混乱した顔で訳の分からない事を言っている。
当然だろう!?
「はぁ?! お前は何を言ってるんだよ! レオ! 黒輝の死神!フィンスター=ヘレオール公爵と言えば大戦の大英雄じゃないか! 」
「……ちなみに、俺はフィンスター=ヘレオールの家名を名乗ったんだが?」
ぬ? つまり、自分が家名を名乗った時にピンと来るべきだろって事か?
舐めてもらっちゃあ困るな。
「レオの名前が長かったから聞き流してた!」
「この鳥頭がっ!!」
ニカっと笑って親指を立てるオレにイラつきを隠さず怒鳴るレオ。
―――あぁ、やっぱりだ。
レオの顔にはオレに対する嘲りも蔑みもない。
入学試験で決闘だと喚いていた時にも思ったが、レオは本当に真っ直ぐだ。
何か良いな……。
この打てば響く様なやり取り。
もしかしたら友達ってこんな感じなのかもしれない。
オレは段々とレオの事が好きになっていた。




