お父様の絶望と指揮者の誤算
「ぉおおおおぉおっ!!!」
黒い靄を纏い、雄叫びをあげて指揮者が殴り掛かって来る。
ロベルトは相手の拳を捌き、己の拳を叩き込もうとするが、黒い靄に邪魔されうまく反撃が出来ない。
速度や威力はロベルトが勝っているものの、黒い靄を使った指揮者の防御を完全に突破出来ずに攻めあぐねている状態が続く。
攻防は一進一退。
―――思った以上にやる。
拭いきれない戦い難さ。
内心でロベルトは指揮者を賞賛する。
確かな訓練と激しい実戦をくぐり抜けた実力、元々人間よりも強い魔族が赤眼状態になったせいで今やロベルトの赤眼武神に準ずる出力を手にしている。
先程のように一撃で吹き飛ばされる事もなく器用に攻撃を捌いている。
しかし―――。
「指揮者。君はまともに戦う気はないのかね?」
攻防の間隙と黒い靄の隙間を縫って、ロベルトはそっと指揮者の右肩に手を添える。
ザシュッ!!
ロベルトの手から生成された複数の白銀の刃が指揮者の肩を貫く。
「ぐっ!?」
ロベルトの属性は地属性。
彼の魔力量と操作技術を持ってすれば、金属刃の生成などお手の物だ。
遠・中距離戦闘用の『黒の弾丸』と近距離格闘戦用の『白の刃』。
この2つの魔法と身体強化魔法の極地である
赤眼武神がロベルトの基本戦術である。
「―――認めよう。お前は確かに強敵だ。
魔族の英雄達と比べても勝るとも劣らない。
しかしだ。どう見てもお前は素手で戦うタイプではない。……私を舐めているのか?」
ロベルトは肩をズタズタに引き裂いた白銀の刃を引き抜き、倒れ込む指揮者の無防備な腹を踏み抜く。
轟音と共に、衝撃で床が陥没する。
こうなれば指揮者にはもうどうしようもない。
案外この世界では素手で戦う者は少なくない。
何せ魔法がある世界だ。
素手の間合いの短さなどいくらでもカバー出来てしまう。
ロベルトも固有の武器を使わないスタイルの戦士だが、指揮者の動きは明らかに武器を前提とした者の戦い方だ。
「は、ははっ。舐めるなど恐れ多い……。
武器を持ち込みたかったのは山々ですがね。」
空間魔法使いは、実体を抑え込まれてしまうと空間転移する事が出来なくなる。
しかし、ロベルトは妙な違和感を覚えた。
肩からはとめどなく血が流れ、完全に実体を抑え込まれているにも関わらず指揮者の余裕の態度が崩れない。
ロベルトは訝しがる。
―――妙な話だ。
確かに身体能力を爆発的に高める赤眼状態だとまともに使える武器は少なくなる。
しかし、ない訳ではないのだ。
いくら魔族で赤眼が使えて高出力と言っても、扱える武器が全くない訳ではないだろう。
持ち込めなかった?
空間魔法使いが? 冗談だろう?
「……もしかして、本来は戦う事を想定していなかったのか?」
「―――当たりです。閣下。
空間魔法と赤眼が使えると言っても、元々が
ひ弱な骨人族ですからね……。
生物兵器の運搬や王の拉致を考えれば、戦闘にリソースを割くことは出来なかった。
私は指揮者。 閣下のおっしゃる通り、私が表に出て戦うなど作戦にはありませんでした。
今ここでこうしているのは、私の意思ですよ。
くくくっ。昔なら軍法会議モノですね。」
―――つまり何か?
コイツがここで私にボコられているのは、単に私と戦いたいが為にコイツが暴走しただけ?
本来は王を拉致したらスタコラサッサと逃げるか隠れるかするつもりだったと?
うん。そりゃあそうだわな……。
目標を奪取したのなら敵陣なんかに用はないだろう。
つまり、本来のオディマの目的は―――。
生物兵器、王の拉致、そして会場を覆う結界。
朧気に予想していた全てがロベルトの中で繋がり確信を得る。
「つまり、本来の目的は王都の陥落か……。」
「ふははっ。おっしゃる通りです。
結界内には高濃度の魔喰菌が充満している。
もう幾ばくもなく結界は破られるでしょう。
他でもない、貴方達の手によってね。」
嗤う指揮者。
オディマの目標は二段階に分かれていた。
一段階目は王家筋の拉致。
結界で戦力足り得る貴族達を隔離し、結界内部と外部でそれぞれの部隊を展開する。
より行動しやすくなる様に結界内部には魔喰菌をばら撒き、捉えた貴族達を無効化して、だ。
そして二段階目が王都中への魔喰菌散布。
結界内部に溜め込んだ高濃度の細菌を王都中にばら撒く直接的な破壊工作だ。
「何と悪辣な……。しかもタチが悪い事に、仮にお前達の目論みに気付いていても対処のしようがないじゃないか」
呆れるように頭を抱えるロベルト。
何せ内外の連携が隔絶されている状況だ。
ロベルトがオディマの思惑を知れたのも指揮者が漏らしたからだ。
少なくとも外部の人間が今の状況を知る事は難しいだろう。
「はっはっ。閣下がそれを言いますか?
貴方にとっては懐かしい作戦でしょうに。」
「グィーン峠侵攻戦か……。
ああ、クソ。言われてみたらそっくりだ。」
自分が作戦立案をした過去の戦場を思い出す。
確かに魔族達の強固な砦があったグィーン峠に生物兵器を散布したのはロベルトだった。
「―――あの頃の貴方ならすぐに我々の意図に気付いたでしょう。 閣下、貴方は随分と鈍ってしまった……。
魂と死体を操るネビロスの肉体を引き裂いただけで奴を殺したと勘違いし、人知れず散布されていた魔喰菌にも気付かないほどに……。」
「あぁ、全くだな。ついこの間も自分の堕落を自覚した所だよ。……しかしもう戦後も15年。
私達も歳をとり、戦争を知らない子ども達が大人になるのさ。」
どこか諦観したような、しかしその口元には笑みさえ浮かべてロベルトは言う。
次に訝しげな顔をするのは指揮者の番だった。
何故かロベルトの余裕が崩れない。
作戦は指揮者の計画した通り推移しているはずだ。
結界と生物兵器の起動。
この二つを行えた時点で作戦はほぼ成功したはずなのだ。
外の状況は指揮者にも分からないが、あの公爵家騎士団が静観するはずはない。
あの公爵夫人が大人しく包囲するだけで終わるはずがない。
必ず結界は破壊される。
そして唯一どうにか出来る可能性がある公爵はここにいる。
長子であるレオナルドにも可能性があったが、ネビロスが引き付けているだろう。
「閣下。何故絶望されないのですか?」
「安心してくれ。しっかり絶望しているよ。
今回の後処理を考えると頭が痛いどころか、
今から吐きそうだ。」
そう笑いながらも、指揮者を踏みつけるロベルトの足に圧力が増す。
メキメキと音を立て指揮者の骨が軋む。
「さっきから頭の中でギャーギャー騒がれているんだ。通信魔法は便利だがボリュームの調整機能を付け忘れたのは失敗だった。」
「つ、通信魔法!? 結界の外とは連絡は取れないはず―――!」
大戦時、ロベルトは様々な魔法を開発した。
それは戦況を変える秘匿魔法や戦略魔法と呼ばれ、厳重に管理されて来た。
通信魔法もその一つ。
受信だけなら誰でも出来る。
しかし、送信側であるホスト権限は決して外に出ることはなかった。
指揮者や魔族達にも解析出来なかった秘匿魔法である。
「自慢の娘とその友達さ。」
そう言うと、私は躊躇なく指揮者の胸を踏み抜いた。




