お父様の苦戦と迷子のおっさん達
「おぉおおっ!!」
蛮声を上げ、全力で指揮者に殴り掛かる。
私の拳が奴の顔を捉えた瞬間、黒い靄が私の拳を覆う。
「ちっ!」
舌打ちをしながら手を引き、靄を振り払う。
クソ。やっぱりやり辛いな……。
牽制で軽く握りこんだ左拳の連打を叩き込む。
単なるジャブと侮るなかれ、赤眼武神なら大砲の威力と相違ない。
奴は骨人族。
確かに変身等の特殊な種族特性は持っているが、魔族としては下位クラス。
空間魔法にだけ気を付けていれば、身体能力差で押し切れる!
慌てて黒い靄が奴の身体を覆うが、完全に靄が覆い尽くす前にむき出しの腹を蹴り上げる。
「がはっ!?」
もんどりを打って吹き飛ぶ指揮者。
いつもの私ならここで『黒の弾丸』を放って勝負を決めるのだが、今回は駄目だ。
「……やはり空間魔法使いはやりにくいな。
いつもの様にサッと片付けられん。」
「くっ……。ごぼっ! げほっげほっ!
はぁ、はぁ、はぁ。―――さ、さすがは閣下。
私の様な空間魔法使いとも戦ったご経験があるのですね?」
口から大量の吐瀉物を撒き散らし、荒い息をしながらこちらを見据える指揮者。
一見、隙だらけのように見えるが黒い靄が奴の周辺に漂っている。
これが面倒なところなのだ。
コイツら空間魔法使いは自分だけの異空間を持ち、その扉を自由に展開出来る。
指揮者の場合は先程から漂っている黒い靄がその扉だろう。
奴等はこの扉を盾替わりに使う。
それは攻撃魔法や物理攻撃を吸い込む無敵のバリアだ。
術師の技量にもよるが、扉を複数個設置すれば吸い込んだ攻撃をそのまま相手に返すことも可能というチートっぷり。
そして何より―――。
「異空間に人質がいる場合、吸い込んだ攻撃が人質を傷付ける場合がある。 そうだろ?」
「は、はは。おっしゃる通りです。
私の異空間はおおよそ100m四方の大部屋ひとつだけ。貴方の攻撃が人質のお二人を傷付ける。
そうお伝えして貴方を脅すつもりでした。」
ヨロヨロと立ち上がり、指揮者はニヤリと笑う。
腹をぶち抜くつもりで蹴ったのだが、少し舐めていたかもしれんな……。
「なんと悪辣な奴だ。私が敬愛するべき王と可愛い部下を人質にするなんて……なんて言うと思ったか?」
ヴォンと魔力が空気を震わせ、私の背中に複数の魔法陣が浮かび上がる。
回転銃身砲魔法『黒の弾雨』だ。
「見え透いたハッタリですな。閣下。
確かに貴方は冷徹な策略家ですが、酷く人情家でもある。本当にどうしようもなくなるまで、お二人を見捨てることは出来ないでしょう。」
「―――貴様は私の何を知っているんだ?」
ちっ。大当たりだよクソ野郎。
相手に対する敬意を忘れず、彼我の実力を正しく認識しながらも挑んで来る。
実に油断のない敵だ。
「まぁ貴方の実力を読み違えていたのは事実ではありますがね……。赤眼武神。あまりに速過ぎて対応出来ませんでした。」
ズズっと指揮者の両目が赤く光る。
軍事身体強化魔法、赤眼。
そりゃあ使えるよなぁ……。
何せ戦争に勝つ為、秘密裏とはいえ私が広めた技術だ。
魔族に対抗する為に作った技術を魔族が使うか……。洒落にならんな。
どうやら指揮者は油断のない敵ではなく、油断出来ない強敵のようだ。
―――――――――
――――――
―――
「こ、こ、ここは変なんです。」
「そりゃあ異空間だからな。 まともな空間でないのは見て分かるだろう?」
先程からパタリと襲撃が止んだ異空間。
リロイとカーライル王が襲撃者達を丁寧に寝かせながら話をしている。
「そ、そうではなぐで……。お、オラさだば|危険ど安全入り交ずった《危険と安全が入り交じった》気配で満ださぃでらように見えるんだ。」
リロイの天啓魔法は危険の気配を感じ取る。
危険と安全。彼にはこの空間が2つの気配で満たされた酷く矛盾したものに見えていた。
「……確かに俺としても疑問なんだよ。
前情報では奴等の目的は王族の血筋。つまり、王家筋の拉致だ。王である俺を異空間に閉じこめるのは分かる。
―――しかし、洗脳した使用人達を差し向けるのは違うくないか?」
リロイの言葉でカーライル王の中で漠然としていた疑問が次第に形になる。
王族の拉致なら異空間に閉じ込めた時点で目的は完了しているのだ。
後はさっさと逃げ出せばいい。
外がどうなっているのかは王には分からないが、ここまで見事に侵入出来たのだ。
逃げ出せない理由などないだろう。
それにカーライル王は知らぬ者のいない程の武人。平和ボケした自覚はあるが、それでも国内有数の実力者だ。
そんな己に洗脳した者をどれだけ差し向けても何の意味もない。
もしも本当に殺したいのなら、異空間に閉じ込めたまま放置すればいいのだ。
そうすれば1週間もせずに発狂死するか餓死するだろう。
敢えて言うのであれば、洗脳した使用人達を差し向ける事で彼等を傷付けさせるという精神的な痛苦は与えられるだろう。
しかし、それが目的とは思えなかった。
「んだ。な、な、なんとしゃべるが敵の目的は違うど思う。多分、ヴァーリど同ずだ。戦いでんだ。命懸げで。」
「戦闘狂という事か……? いや、それにしても洗脳した奴等を差し向けるのは違うだろ。
それは説明が付かんと思うのだが……?」
合理的に説明が付かないとリロイに文句を言うカーライル王。
しかし、残念ながらリロイに合理性を求めてもそこに意味はない。
彼は圧倒的感覚派。
自分が感じた事を話しているに過ぎない。
それは天啓魔法による共感覚。
リロイには戦況を読む戦術眼も戦略眼もない。
物事を類推する知識も知恵もない。
しかし、天啓魔法の副次効果で他者の感情を感じ取り、本来は知りえない敵の考えや無自覚な感情を捉えることが出来た。
「た、単純にもう|必要ねはんで返すただげ《必要ないので返しただけ》だど思う。多分、敵さ王様さもオラさも本当は興味がねじゃ。」
「……なるほどな。折角捕まえた俺達には興味がなく、本当は戦いたいだけ。……つまり、あれか? この空間魔法使いはロベルト辺りと戦いたいが為にこんな事をしたのか……?」
武人として気持ちは分からなくもない。
しかし、あまりにも合理を欠いている。
カーライル王やロベルトにとって、突き詰めれば戦いとは手段でしかない。
目的があり、戦いという手段がある。
目的が達成出来るなら勝つ必要がない勝負もあるし、自分が強くある必要もない。
しかし、どうやら相手は手段の為に目的を決めるような人種らしい。
「そんな連中がいるのは理解するが、私には共感出来んな……。」
「んだんだ。お、オラさも分がんね。
多分、こいづにもよぐ分がってねのでねが?
じ、|自分何すてのが分がねまま《自分が何をしたいのか分からないまま》戦ってらんだど思う。そった気がする。」
「―――なぁリロイ。田舎のお隣さん位のつもりで話せと言ったのは俺だが、もう少し方言を緩めて貰えんか? そろそろ本気で何を言っているのか分からなくなってきた……。」
「―――あ、王様。つ、次にあの変な歪みが出だ時逃げ出すチャンスだ。勘だげどな。
ありゃ? 王様、何がしゃべったんだが?」
さらりと告げられる脱出のチャンス。
いつ歪みが発生するのか、何をどうやれば脱出出来るのかは一切不明。
そんなものリロイにすら分からないだろう。
しかし―――。
「……おめの勘以上さ信頼出来る言葉はねって言ったんだ。もう好きに喋ってくれ……。」
疲れた顔でカーライル王はどうやればリロイを自分の腹心に加えれるかを腐心した。




