その頃の王都 後編
日が沈み、人通りのなくなった王城付近。
大通りの路肩に黒塗りの箱馬車が止まっている。
側面には交差する黒鍵の紋章―――。
フィンスター=ヘレオール公爵家の家紋が刻まれていた。
「―――奥様。ご報告致します。
やはり創世の間周辺が結界で覆われています。
かなり周到に隠されている為、近付かなければ気付かないレベルですが……。」
長い銀髪をポニーテールに纏めた女が跪いて、馬車の傍らに立つ公爵夫人エリザベートに報告をする。
公爵騎士団の黒い軍服で身を包み、背中には交差する黒鍵の紋章のマントを背負う女騎士。
J隊の隊長、エレノア・ダキテーヌだ。
胸元にはJの文字と槍を持つ乙女の意匠がデザインされた部隊章が光る。
女性のみで構成された投槍戦乙女部隊。
それが彼女達J隊だ。
「予測通りね。そのレベルの結界となると、術師は結界内にいると見て間違いないわ。」
エリザベートが断言する。
オディマ対策としてなるべく時間ギリギリでの到着を予定していた彼女達だが、王都中に散らばる不審な気配を感じ取った。
エリザベートは即時公爵家騎士団を展開。
索敵と撃破を命じたのだった。
彼女もロベルトと同じく騎士として大戦を生き抜いて来た猛者。
果断な決断は慎重派のロベルトよりもむしろ優れている。
「結界の種類は分かったかしら?
多分、感じからして外部からの干渉不可と隠蔽辺りだと思うんだけど……。」
「仰る通りです。 加えて、内部からの脱出も出来ない完全な密閉タイプの結界です。
あの結界に捕らえられてしまうと逃げる事も出来ず、外からは中で何が起こっても知る事は出来ないでしょう。」
「結界破りは出来そう?」
「可能です。しかし、あのクラスの結界を破るとなると私共とF隊が協力しての爆撃しか手はありません。 そうなると会場は元より中の人々も無事では済まないかと……。」
「それはそうだけど……、それは何か問題があるのかしら? 既に王都内に敵の進行を許している状態で、王城内部にいるのは貴族だけ。
貴族たる者、爆撃を奇貨として浮き足立った敵を倒すのが当たり前でしょうに。」
エリザベートにあるのは純粋な疑問。
そこに嗜虐性も罪悪感もない。
罠があるなら蹴散らせばいい。
敵がいるなら倒せばいい。
結界ごと会場を吹き飛ばし、突入部隊により浮き足立った敵を狩る。
守るべき民がいるなら話は別だが、会場にいるのは全員貴族なのだ。
躊躇する必要はまるでない。
貴族たるもの、むしろそれに呼応して敵を倒すのが彼女の常識だ。
何も出来ずに慌てふためく無能なら建物と一緒に巻き込まれてしまえば良い。
国と領地を守る為に貴族が存在している。
貴族とは決して守られる存在ではない。
国を守る為に命を賭せ。それが出来ないなら今すぐ死ぬべきなのだ。
―――戦って死ね。
それこそが貴族にとって誉れである。
それは今は亡きヘレオール公爵家の呪いとも言える、武門としての苛烈なまでの家訓。
原作ゲームで復讐鬼と化したドミニクが世界を
相手に戦争を仕掛けた遠因。
ロベルトがいない戦場で、エリザベートに刻まれた今は亡きヘレオールの騎士としての性質がその鎌首をもたげて来た。
「そうですね。特に問題ありません。仰るようにあの会場にいるのは使用人も含め、貴族だけです。自分の身は自分で守れない貴族など死んだ方がマシでしょう。」
エレノアも極めて自然に同意する。
彼女達J隊は元々エリザベートの親衛隊だ。
彼女の中にも強烈なヘレオール公爵家の家訓が
刻み込まれている。
「そうよね。なら早速F隊を呼び出してあの結界を―――。」
「お待ちください。奥様。」
エリザベートの凶行を制止する厳つい大男。
公爵家騎士団団長だ。
「団長、奥様のお考えに異論があるのですか?」
目を細めるエレノア。
今でこそフィンスター=ヘレオール公爵家騎士団に組み込まれてはいるが、彼女の忠誠の向かう先は今も昔もエリザベートである。
「まさか。これでも貴族の端くれ、ヘレオール家の家訓には同意しかない。」
その粗野な見た目とは裏腹に、団長は存外優雅な仕草で肩を竦める。
彼女達の前で少しでもヘレオール家を貶めると大惨事になる為、細心の注意を払う。
「――― 創世の間には御館様がいる。
あのお方の事だ。既に事態を把握して動いているだろう。」
そうだろう?と視線でエリザベートとエレノアに問い掛ける団長。
「……確かに、御館様なら既に動いておられてもおかしくない。」
むうっと唸るエレノア。
彼女は基本的に素直な性格だ。
「我々が結界を壊すことで御館様の動きの妨げになる事は避けねばならん。」
「つまり、団長はどうすべきだと?」
「はい、奥様。創世の間周辺に部隊を展開。
御館様の合図があれば即応出来る状態を維持するべきかと。」
基本的にエリザベートの気質は猪武者だ。
待機や撤退と言う言葉は好まない。
それ等の言葉を避けて団長はエリザベートに慎重に意見を提案する。
団長をして無視出来ない程にヘレオール家の氷乱の姫騎士の名は重い。
「……そうね。妥当な案だと思うわ。
確かにロブなら既に動き出しているはずだから、彼の邪魔になる行動は避けるべきね。」
彼女は少し反省しながら、馬車の扉に触れた。
馬車の中には彼女の宝とも言える子ども達。
エドワードとドミニクがいる。
そして創世の間にもだ。
「あそこにはレオナルドもジュリアもいる。
軽率な行動をして2人を危険に晒す様な事は避けねばならないわね……。」
エリザベートはため息をつき、母としての顔で自嘲する。
―――騎士としての近視眼的な思考に自覚はあったけど、久しぶりの戦いの空気に当てられてしまっている様ね。
これではまるで新兵みたいだわ……。
「ごめんなさいね? 団長。
場を乱すような事を言ってしまって。」
「まさか! 奥様のご意見は何も間違えておりませぬ。 私とてあそこに御館様がいなければ突入を勘案しておりました。」
最悪の場合を想定してですがねと内心付け足し、ホッと安堵の溜息をつく団長。
これを人質救出作戦として考えるならば人質が殺傷される危険性が高く、犯人と交渉が出来ない場合は即座に突入するのは定石である。
エリザベートの意見自体は間違いではない。
……会場に多数いる他国の使者を無視すれば、だが。
王国の不手際でテロリストに攻め込まれ、王家筋の判断で他国の使者諸共テロリストを爆撃したなど醜聞どころの騒ぎではない。
戦場で即断即決は尊ばれるとは言え、流石に今の段階でそれは無謀であった。
「出来れば隠密行動をしたい所ですが、あの結界がある内はそうは行きませぬ。強行突破する準備だけは進めておきます。」
「そうね。いざとなれば頼みます。」
「お任せ下さい。―――ところで奥様。
事態をまだ把握していない王都守護騎士団の無能なケツを蹴り上げて頂きたいと思うのですが?」
ニッと粗野な笑みを浮かべる団長。
王都守護騎士団の指揮権の最上位は王族になる。
現状、彼等に指示を出せる最上位にいるのは、
王族の血を持つエリザベートだ。
「―――なるほど? 王都守護騎士団を使って包囲網を作りたいのね? 敵を逃がさぬように。」
「ええ。既に王都に散らばったテロリスト共には各隊を向かわせております。奴等にどこの誰に喧嘩を売ったのか分からせてやりましょう。」
「―――ええ。ええそうね。その通りだわ。
この平和を汚す奴らは、ヘレオールの名に賭けて許す訳にはいかないわ。」
王国最強戦力が動き出した。
己の死を笑って受け入れた最狂の武門の末を
頭に据えて。




