悩める天眼と姪っ子
「はい、伯父さん! 多分全部拾えたと思うけど、一応確認しておいて!」
シャルがそう言いながら硬貨の詰まった袋をリロイに渡す。
道の端にあるベンチに腰掛け項垂れるリロイは緩慢な動作でそれを受けとる。
結局、ドワーフのアクセサリーの代金はロベルトが出し、ぶちまけた硬貨はシャルが拾った。
リロイも慌てて拾おうとしたのだが、店の棚を倒した辺りでロベルトにベンチ待機を申し渡されてしまったのだ。
「す、す、すまねえ。シャーロット……。
やっやっぱりオラは駄目だなぁ。 折角気合いを入れて新品の服を買ってお金も下ろして来たのに……。恥ずかしい思いをさせちまった。」
リロイは姪が出来た事が嬉しかった。
彼はあまりの出来の悪さに15歳になった頃には家を追い出され、スチュアート領の外れにある田舎に押し込まれた。
そこから10年以上田舎の農村地で暮らした。
田舎暮しはリロイの性に合っていたのか、どう頑張っても訛りが取れなくなるくらい彼は田舎に馴染んだ。
そんな彼が気にしていたのは実家に置いて来た末の妹であるカトリーヌの事だった。
使用人にすら嫌われた出来の悪い彼に唯一優しくしてくれたのがカトリーヌだった。
生来のんびりした性格の彼は、いつか会える時が来るはずさとのんびり畑仕事をしていた。
そんな彼がロベルトと出会ったのは、彼が25歳になった年だった。
紆余曲折を経て公爵騎士団の一員になった彼は
毎日泣いて弱音を吐きながらも何とか激動の戦場を生き抜き、ようやく終戦を迎えたのが30歳を過ぎた頃。
その功績を認められ、15年振りにスチュアート家に帰った時、そこに会いたかったカトリーヌはいなかった。
戦後のどさくさに紛れ、恋仲だった男と駆け落ちをしたのだと言う。
この世の終わりの様な絶望から何とか立ち直れたのは、ロベルトを始め古巣の公爵家騎士団の仲間たちがいてくれたからだ。
「ほ、ほ、ほんとにオラ嬉しくてっ! カトリーヌは生きててくれた! そ、それにこんな可愛い娘まで! オラそれだけで凄く幸せなんだ!
な、なのにカトリーヌやシャーロットに何にもお返し出来てねぇ! 情けねぇだ!」
「えっと……、要するに伯父さんは私やお母さんが生きてるだけで幸せなのに、それを私達に返せなくて情けないと感じてるって事?」
支離死滅なリロイの言う事を何とか理解しようとゆっくりと語り掛けるシャル。
「んだ! お、恩には恩を返さなきゃならねぇってオラは習っただ! ふ、2人はオラに幸せをくれた! な、なら次はオラの番だべ?」
「まぁ私も推しが生きてるだけで幸せってのは分かるわ。推しが喜んでくれるならいくら課金しても実質無料の精神ね!」
なるほど!と頷くシャル。
「お、推し……? 最近の子は大事な人をそう言うのか? 」
キョトンとした顔のリロイに、シャルは目線を合わせて微笑む。
「大丈夫だよ。ちゃんと伯父さんの気持ち伝わってるから。」
そう言いながらリロイの服を指す。
「本気で私の事を考えてくれたんでしょ?
紳士の最高礼服。日中に着用するモーニングコートね。綺麗な青地のコートが素敵よ。
ふふ。レディをエスコートするにはこれ以上ないくらいの装いね。」
「あ、い、いや、オ、オラみたいなのに手を引かれるとシャーロットに恥かかせちまうだろ?せ、せめて格好だけでもちゃんとしときたかったんだぁ。そ、それにシャーロットは服が好きだって聞いてたから……。」
照れながら頭をかいてリロイがしどろもどろと応えた。
「シャルって呼んでよ。 伯父さん。
さ、建国祭はこれから! エスコートして頂けるかしら? ジェントルマン。」
そう言いながら微笑み、シャルは手を伸ばす。
楽しそうに笑う家族が通り過ぎ、道の向こうでカラフルに彩られた山車がゆっくり走る。
祭りはまだ始まったばかりだ。
その手を掴もうとリロイが手を伸ばした瞬間。
ゾクリ。
リロイの背筋に悪寒が走る。
「あ、A隊集合っ! ば、爆弾だっ! 木の影と向こうの山車、出店の影にも!」
弾かれたように人混みからA隊が飛び出し、術式を展開する。
「アルファ17、事象確認! 30分後に爆発!」
「アルファ4、事象確認!爆発箇所は3箇所!
解体不可! 移動可! 障壁で囲んで回収後に爆破解体を推奨!」
「アルファ26、爆発物確認! 障壁展開!」
「アルファ8、山車周辺で発見!障壁展開!」
「アルファ19、対象確認!障壁展開!」
速やかに目標の爆弾を発見し、障壁で囲う。
A隊の動作には何の逡巡もない。
予測的中率100%。
千里天眼のリロイが言う事を疑う者はいない。
「あ、あ、アルファ1、じ、事象確認。
こ、これで大丈夫だぁ。後はこのまま―――、
し、シャルっ!! 伏せろ!!!」
「え?」
リロイがシャルの手を引き伏せさせる。
その刹那、シャルの頭があった位置に銀の剣線が飛来した。
キィン!と甲高い音を立てて、鋭利なナイフが地面に突き刺さる。
同時に3人の目出し帽を被った不審者がリロイ目掛けて襲いかかって来た。
「ま、魔族5人! 建物の裏に2人隠れている!
ば、ば、爆弾の犯人!」
「ちぃっ! 天眼めっ! せめてお前だけでも!」
思わず舌打ちをした男が手に持つ剣を振り上げ
リロイ目掛けて切り掛る。
咄嗟にリロイはシャルを押し飛ばし、その勢いで無様に地面に転がる。
「伯父さ―――!」
「おっと、シャル君は危ないからこっちだ。」
叫ぶシャルの肩を掴み、ロベルトが赤眼の出力に任せて数十mを一足飛びに駆け抜ける。
「ちょっ!? 私なんかいいから伯父さんを助けてっ!」
「は? リロイを?」
血相を抱えて叫ぶシャルの訴えを間の抜けた顔で聞き返すロベルト。
「そうよ! アンタ強いんでしょ!? 伯父さんを助けてよっ! 伯父さんが死んじゃう! 」
人前にも関わらずロベルトに対して素の口調で叫んでしまうシャル。
「あー、そうか。まぁ言わんとする事は分かるがね。ほら、見てみなさい。」
叫ぶシャルに気を悪くする訳でもなく、落ち着いて見てみろとロベルトはシャルを促した。
「ひゃああっ!?」
そこには迫り来る剣を無様にしゃがんで躱すリロイが見えた。
「くっ! まともに戦えっ! 天眼っ!!」
リロイの醜態を煽られていると感じた魔族の男達が怒りに身を任せて剣を振り回す。
「うわっ! ひゃっ!? だずけてぇっ!」
涙や鼻水を流しながら男達の猛攻を避け続けるリロイ。
その姿はお世辞にも歴戦の勇士には見えない。
しかし―――。
「ぜ、全部、避けてる……?」
「そうだ。あいつは千里天眼のリロイだぞ?
迫り来る危険を千里先でも察知出来る理外の化け物だ。多少強かろうが速かろうがリロイの前では全て読まれて避けられる。」
ふん、と鼻息を鳴らしてドヤるロベルト。
彼にとってリロイは大切な仲間だ。
相手が気心の知れたシャルであったとしても侮られるのは正直気に食わない。
「で、でもあのまま避け続けれてもいつかは体力がなくなって当たっちゃう!」
「それはそうだが……。」
ドゴンっ!
「が、がはっ……!」
巨大な鉄塊同士が衝突した様な音が響き、吐血して魔族の男の1人が倒れる。
息をつく暇もなく、辺りに旋風が巻き起こり2人の魔族が呑まれて消える。
「……え?」
シャルの呟きが風に吹かれて舞い上がる。
「確かにリロイは別に剣の腕が立つ訳でもないし魔力も人並み以下だ。 しかし―――。」
旋風が収まった後には、倒れた2人の魔族の傍らに両目を赤く光らせたリロイが立っていた。
「リロイはうちの隊長格だ。弱いはずがないだろう?」
そう言いながら、ロベルトはつまらなさそうに指を鳴らすと、パァン!と乾いた音を立てて黒の弾丸が隠れ潜む残りの魔族を撃ち抜いた。
「ふひー、ふひー、あ、アルファ1から全隊員! じょ、状況終了。 ば、爆弾の処理だけすればもう大丈夫だぁ。」
息も絶え絶え、気力を使い果たした様に座り込んでリロイが状況終了の念話をする。
本来は念話は口に出す必要はないのだが、リロイはつい思った事を口にしてしまうタイプだ。
力なく座り込むその姿は決してお世辞にも歴戦の勇士には見えない。
しかし。
「こ、このバカ伯父! 強いなら強いって言いなさいよ! めちゃくちゃ心配したんだからっ!
もうホント馬鹿っ!でもありがとうぅ!!」
「し、し、シャル!? 何で泣いて―――!
うわっ!?」
目に涙を溜めてシャルは力いっぱい自分の英雄に抱きついた。
いつも通り察しの悪いリロイは、泣きながら抱き着く姪っ子にずっと困惑したままであった。




