お父様と悪者貴族の災難
「て、敵襲!?」
「あ、あー、多分獅子と虎が暴れてるんじゃないかなぁ?」
「獅子と虎……? ハッ! 竜撃退者の!?」
私の消え入りそうな呟きを耳ざとく聞きつけ、あの2人を連想したウィンドブルム伯爵。
はっと気付いた顔でこちらを見て来たので、思わず視線を逸らしてしまった。
レオナルドとアラン君の2人は有名だ。
国中の貴族を呼び付けたあの入学式。
当然、ウィンドブルム伯爵もいただろう。
黒雷の獅子と白炎の虎なんて恥ずかしい2つ名で呼ばれる2人を見ているのだ。
そしてその熱が冷めやらぬまま起きた先日のドラゴン撃退の急報。
これで有名にならないはずかない。
「実はあの2人、労働者ギルドへジュリアを助けに向かったのだが……。まぁなんだ。思春期の小僧達がカッとなって喧嘩で魔法を使うなんてよくある話だろ? 」
そう。実際よくある話なのだ。
前世でも若さ故の無軌道な過ちなんて言うのはよくある話だったが、それはこの異世界でも変わらない話だ。
ただ、前世に比べると子どもでも魔法が使えてしまうので大事になりがちなのだ。
あの子たちの場合はそれでもちょっと桁違いなのだが……。
「ま、まぁ確かに私も身に覚えはありますが……。いや、しかしあれは尋常な威力ではありません!」
まぁ、うん。そうだね。
ドラゴンを撃退出来るあの2人を街に解き放つのは、ドラゴンそのものを街に解き放つのと変わらない暴挙だよね。
こうなった原因は、思っていたよりアラン君の情報収集能力が高く、割と早い段階でこの街の状況把握した3人が労働者ギルドへ辿り着いてしまった事だ。
最初は労働者ギルド周辺でウロウロしていた様だが、警備員に見つかり最終的に実力行使に出てしまったのだ。
これは割りと不味い。
いくら大義名分があるとは言え、やっている事は普通にテロ行為だ。
何故なら我々はこの領地の自治権も行政権も持っていないのだ。
確かに貴族として決闘と戦争の権利を有してはいるが、それはちゃんと手順を踏んだ場合。
何の宣誓も根回しもなく魔法を叩き込んだらそれは犯罪なのだ。
ゴーウェンを通してほぼリアルタイムで状況を把握していた私は大慌てで伯爵家に飛び込んで話をつけたという訳だ。
正直、殺るだけなら何とでもなる。
普通にウィンドブルム伯爵家が悪いしな。
しかし、父親としては族滅一択なのだが、公爵としては実に悩ましい問題だ。
伯爵家を滅ぼした場合、国としてフォローが大変過ぎるのだ。
腐ってもやり手の伯爵家。
落とし所としては《《多少》》痛い目に合って貰うくらいだろう。
ただし労働者ギルドは許さん。
特に実行犯の3人と支部長。
「こ、公爵閣下? まさかあの2人の暴挙は貴方の指示で……!?」
「いやいや。妹がいなくなって心配する兄を引き止めれなかったのだ……。」
「むぐっ……。ま、まぁそうかもしれませぬが……。」
本人にはそのつもりはなくとも、紛れもなく伯爵はジュリア拉致事件の黒幕だ。
ふっふっふ。こう言われると何も言えまい。
「ん? 何だあの人集り……。 労働者ギルドを破壊している……? いや、あそこは役所?」
黒雷と白炎に照らされる異様な人集り。
全員が全員、アウトローなチンピラスタイル。
そんな不埒な輩達が100人以上集まり、笑いながら崩れた労働者ギルドや周辺の建物を破壊しているのが見えた。
ちっ、気付いたか。
……コイツ思ったより目が良いな。
それにこの窓も厄介だ。
しっかり労働者ギルドの惨状が見えてしまう。
「あー、いや、どうも義理の娘がね? 妹を探す為に協力者を募ったらしくてね?」
「ど、どう見ても暴徒でしょう!?」
―――こ、この死神野郎! 暴徒を先導して街を破壊しようとしているのか!?
なんて陰湿な策を思い付くんだ……!!
なんて事を考えている目で私を見てくる伯爵。
完全に濡れ衣である。
この件については悪いのはあの吸血鬼娘だ。
ただちょっと義理の娘なだけだ。
集団心理に飲まれた輩達は労働者ギルドだけではなく、その近くにあった無関係な官公庁の施設まで破壊している。
石を投げ、火炎瓶を投げ、手に持つ木材や金属パイプであらゆる窓や壁を打ち壊す暴徒達。
貴族崩れでも混じっているのか、時折魔法を放つ奴も見てとれる。
あ。アラン君の白炎が飛び火した……。
あれは市庁舎かな?
あーあ。レオナルドの奴、黒雷の制御をミスったな? 裁判所の屋根が消し飛んだぞ。
「まぁ、この辺は官公庁の施設ばっかりだろ?
この時間帯だから人的被害は少ないはずだ。」
「人が死んでないだけで、これもう戦争ですよね!?」
既にH隊が動いており、施設に残っていた人間の避難誘導は進んでいる。
その点は抜かりはないが、暴徒の標的にされた施設はどうしようもなかった。
あーあー。労働者ギルド以外もめちゃくちゃじゃないか……。これ下手したら都市機能がマヒするんじゃないか?
修理費用だけでどれだけの金貨が飛んで行くのかも想像がつかないし、業務が止まった事で発生するロスも考慮するとその負債額はさらに膨れ上がるだろう。
まぁ私としては当然賠償する気は一切ない。
むしろ子どものイタズラだけで許してやると言っているんだから寛大だと思う。
「も、申し訳ございません。公爵閣下……。
少々取り乱しました……。」
はぉはぁと息を荒らげつつも謝罪する伯爵。
こいつは案外面白い奴かもしれない。
「ああ、心中察するよ。だが、安心してくれ。今回ここに来ているウチの子は後1人だ。」
「まだいるんですか!?」
むしろあの子が本命だ。
ゴーウェン達が一部始終を監視をしていたのだが、あれが1番ウィンドブルムにとって致命傷だろう。
そして何より致命的なのは、伯爵に彼女達を引き止める法的根拠はないのだ。
ゴゴっと不気味に地面が鳴動する。
窓の外では不自然な風が吹き荒れだした。
人々が異様を察知したその刹那―――。
轟音と共にギルドが弾け飛んだ。
しかし、爆発音の割に周りへの影響がない。
建物だけが真上に吹き飛ぶ不可思議な爆発。
弾け飛んだ建物の破片が宙に浮き、まるでそれ自体が意志を持つかのように別の形を作る。
あれは船か?
「森人族の精霊魔法か。久しぶりに見たが、空飛ぶ船とは中々ファンタジーじゃないか。」
「シャーロット嬢ならそう言うでしょうね。
複数人のエルフの戦士が協力して奇跡を起こす精霊儀式魔法。大戦時には泣かされました。」
珍しく含み笑いをするゴーウェン。
「なぁゴーウェン。お前こうなる事を予測していたのか?」
私達はジュリアが労働者ギルドに連れて行かれた際には彼女達を捕捉していた。
何度も突入出来るタイミングはあったのだが、もう少しだけ彼女達に任せてやって欲しいとゴーウェンが主張したのだ。
正直、何度突入しようと思ったか分からない。
何なら止めるゴーウェンを殴り倒す所だった。
「ジュリアお嬢様の目が、覚悟を決めた時の御館様に似ていたので何かやるだろうとは思っておりました。まぁ、ここまでやるとは思っておりませんでしたが……。」
ぬぅ、目ねぇ? ジュリアは母親似だと思うのだが……?
「まぁ予想なんか無理だ。まさかエルフ全員を取り込むなんてな……。」
エルフ達の起こす奇跡によって次第に出来上がっていく巨大な空飛ぶ帆船。
その甲板には数百人のエルフ達。
そして彼等を見下ろす位置にシャル君にフォローされながらもジュリアが立っていた。
太陽と夜空を切り取った様な美しいドレスを身に纏い、楽しげに笑うその姿はまるで遍く人々からかしずかれる女王の様だった。
「―――さて。伯爵への用も終わったし、女王様を迎えに行こうか。あの子達は私達がここにいるのを知らないだろう。」
そうゴーウェンに言うとフリーズしていた伯爵が我に返って叫ぶ。
「か、閣下! あれは我が領地で雇っていた職人達です! 全員を連れて行くなどいくら何でもあまりに横暴が過ぎます!」
「何を言っているんだ? 伯爵。 彼等エルフは国営組織である労働者ギルドの所属。伯爵領との雇用契約は一切ないぞ? そして―――。」
懐から紙とペンを取り出し、大きくクビと書いて私の名前をサインし、労働者ギルド支部長の顔面に拳で叩き付ける。
少し胸がスっとした。
「一身上の都合で支部長は退職してしまった様だから、仕方ない。暫定的に私がここの支部長を兼任しよう。」
流れる様な人事異動に言葉が出てこないのか、パクパクと口を動かし戦慄する伯爵。
「どうやら労働者ギルドと派遣労働者の間で契約の齟齬があった様だ。 申し訳ないが伯爵。
事実の確認と是正が出来るまで全ての派遣労働者の派遣を停めさせて頂く。支部を代表し、謝罪させて貰うよ。」
「そ、そんな……。」
絶望し膝から崩れ落ちる伯爵。
そんな彼を見ながら私も内心溜息をつく。
これで休暇明けは激務決定だ……。
まぁ仕方ない。子ども達の為と思えばまだやる気も出るか……。
そんな事を考えながら、ゴーウェン達が回収して来たエルフの労働契約書の束を破り捨てた。
「―――さて、少し気になるのだがゴーウェン。
あの空飛ぶファンタジー帆船、あれなんか近付いてきてないか?」
「奇遇ですね、御館様。同感です。」
「そして今気付いたんだが、あの不思議帆船。
船首が巨大なブレードになってないか?」
「そうですね。突撃用の衝角と言うには思い切ったデザインですが……。」
エルフ達の不可思議魔法により造られた帆船の船首には、数十mはあろう巨大なナイフの様なブレードが備えられていた。
何か、どこかで見た事あるデザインだな……。
労働者ギルドと伯爵の舘は目と鼻の先。
ファンタジー帆船はその不可思議な速度と現実的な質量を持って館に船首のブレードを突き立てた。
ドゴォンと轟音が響き、粉塵が巻き上がる。
私達のいる応接間のど真ん中を巨大なブレードが突き破って来る。
くそっ! めちゃくちゃしやがるっ!
ゴーウェンと2人で咄嗟に障壁を張って何とか衝撃から身を守る。
「ぅわっ! うわっ! 来るなっ!来るなぁ!!」
ウィンドブルム伯爵に迫る巨大ブレード。
奴を切り裂くその直前、残念な事にピタリと
ブレードが静止する。
「は、はは……。と、止まった……。」
ちっ。運の良い奴め……!
もうもうと粉塵が吹き荒れる中、聞き覚えのある声が響き渡った。
「髑髏の旗を掲げ! 明日のない海で命ある限り自由に生きる! それが私達の生き方よ!
よぉし! 行くわよっ! 目指すは伯爵の首!」
巨大ブレードの衝角アタックにその台詞、君はどこの宇宙海賊だ!? シャル君!
絶対発案者は君だろ!
君、松本零士世代!?
「いや、シャーロット嬢。先ずはエルフ達の労働契約書だ。ウィンドブルム伯爵は別にその後でも問題ないだろう。」
「そうなのか? レオ。黒幕の伯爵を倒せば大体OKだろ。 契約書はもうギルドごと燃えたと思うんだよな。」
「本当に話を聞かない鳥頭ね。探したけどギルドに契約書はなかったのよ? そうなると次に怪しいのはここ。ギルドを燃やしたのは念の為ね。」
「あら?ユーリアお姉様。じゃあ暴徒達に指示して周りの官公庁所を燃やしたのも念の為なんですか?」
「そうです。やるからには徹底的に。これがお義父様の教えですわ。ジュリア様。」
何やら粉塵の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえて来る。
ユーリア君?
君、ジュリアに何を教えているんだい?
「そっか……。うん。やるからには徹底的に!
皆、行こうっ! 自由の為にっ!」
「「「「応っ!」」」」
巨大ブレードの根元に威風堂々と立つジュリアの呼び掛けに応えるエルフ達。
赤と黒の煌めくスカートを翻しエルフ達を従えるジュリアの姿はもう完全に女王様だ。
そして何より、精霊魔法を使える300名のエルフの圧が凄い。
この魔力の動き、既に何かしらの魔法を発動しようとしているな……。
「……ふむ。もうこれどうしようもないな。」
「ですね。今声を掛けても下手したら巻き込まれます。一旦退避しましょう。」
「え、いや、止めて頂けませんか!?」
ボロボロになりながらも何とか衝角アタックを生き延びた伯爵が叫ぶ。
はっはっはっ。殺されないだけありがたいと思えこの野郎。
「子どものイタズラで怪我をするのも馬鹿らしいだろう? ―――後、来期以降の予算会議は覚悟しておけよ。」
「この上に増税ですか!?」
伯爵の悲痛な叫びはエルフ達が発動した魔法の爆音で掻き消える。
こうして、ウィンドブルムの西区は瓦礫の山となってしまったのだった。
そしてよくよく考えれば、ウィンドブルム領はともかく、労働者ギルドは私の管轄なのでどう考えても休暇を楽しんでいる場合ではない。
どうやら残りの休暇は返上する事になりそうだ……。




