月の願いを
ウィンドブルム伯爵領の労働者ギルドは非常に大きな施設だ。
改築に改築を重ねた複雑な造り、城塞と見紛うばかりの堅牢な建物。
それは否が応でも見る人に威圧感を与える。
まるで難攻不落の牢獄の様な建物だった。
「ほんっと辛気臭い建物ね。こんな所にずっといるからあの糸目のオッサンみたいに嫌味ったらしい人間が出来上がるのよ! 」
ボヤきながらシャルは複雑に入り組んだ通路を進んで行く。
「ねぇシャル。 これはどこを目指してるの?」
「分かんない。テキトーよ!」
「……あー、ここは1階の様じゃし、建物の端まで行けば窓からでも抜け出せるじゃろ。」
私もそう思ってたわ! と調子の良い事を言うシャルを先頭に進む事5分。
周りの様子は随分と様変わりしていた。
長い通路の左右には無数の扉が並ぶ。
扉には簡素な識別番号が振られており、ご丁寧に全ての扉に頑丈な錠前がぶら下がっていた。
「ねぇ、シャル。これって牢屋……?」
「いやいや、一応ここ労働者ギルドよね?」
「ふぅむ? 扉の向こうに魔力を感じるのう。
これは―――!?」
扉に手をかざし、中の様子を探っていたカーミラは目を見開く。
慌てた様子で魔法を操り扉を開けようとするが、焦って上手く開けれなかったのか舌打ちをして錠前を破壊した。
「ローラ! いるか!? 至高なる天の紡ぎ手よ!ワシじゃ! カーミラじゃ!」
扉を乱暴に開け放ち、叫ぶカーミラ。
部屋には質素な2段ベッドが詰め込まれており、
10人程が寝泊まり出来るようになっていた。
「その声……。カーミラ? カーミラなのね!
並ぶ者なき針の操人! あぁ、貴女までこんな所に……!」
ローラと呼ばれた女性はカーミラと同じく妙齢の美しいエルフだった。
薄く輝く新緑の髪をショートヘアにまとめ、細身のスタイルに目元の泣きぼくろが特徴的なタレ目の美人だ。
「よく見て見ぃ! ワシは首輪なんぞ付けておらんわ! ま、ワシも助けられたんじゃがな!」
カーミラ? カーミラさん? と部屋の中のエルフ達が騒ぎ出す。
ここは労働者ギルドの宿泊施設。
本来なら様々な人達が寝泊まりするはずの仮宿だったのだが、今ではもうエルフの収容施設として使われていた。
「嬢ちゃん達、悪いんじゃが……。」
「ここのエルフ皆を助けたいんでしょ? 分かってるわよ! ね?シャル。」
「だね! ジュリア! 」
手始めにローラと呼ばれたカーミラの友人の首輪を外してやると、彼女は瞬く間に部屋中のエルフ達の首輪を外してみせた。
エルフ達は皆が精霊魔法の使い手であり、首輪さえなければ大抵の問題は魔法で解決出来た。
首輪を外されたエルフ達はそれぞれ手分けをして他の部屋の同胞を助けに向かう。
部屋には3人だけが残っていた。
「しっかし、これからどうなるのかのぅ……。
少なくともこの街にはいられなくなるじゃろうな。 いや、その前にローラ達の契約書をどうにかせねばならんか……。」
「んー、だったらウチへ来ればいいのよ!
契約書もまぁ何とか出来るだろうし。」
「ふふ。そうじゃのう。 それも良いかの?」
顎に指を当てあっけらかんと言うジュリア。
それを子どもの戯言とは受け取りつつもカーミラは彼女の気持ちを汲んで同意した。
「……お婆ちゃん。私、本気だからね?」
「ぬ?」
「私のお父様はそれが出来る人だし、今回のエルフの扱いに対して少なからず責任を感じるはずよ……。ウィンドブルム伯爵は《《誰の顔に泥を塗ったか分かってない》》。」
ジュリアの顔から先程までの子どもらしい表情は消え、まるで愚者を嗤う悪魔の様な顔をしていた。
「じ、ジュリア、嬢ちゃん……?」
パン!と手を叩く乾いた音が響く。
「―――ま、今は先の事を心配し過ぎてもしょうがないわ! 小難しい事は大人に丸投げしたら良いのよ。 あの人ならいい感じに対応してくれるわ。そんな事よりジュリア! あんた何か焦げ臭くない?」
変な空気になりかけた事を察知したシャルが努めて明るい声で話題を変える。
「え? く、臭い? 私臭い?」
シャルに言われて慌ててくんくんと袖を匂うジュリア。
「あ、ほら! ここ焦げてるじゃん! ここも!
こっちも! もー! 絶対さっき魔法を暴走させたからでしょ! しくったなぁ……。こんな事なら裁縫セットくらい持って来りゃ良かったわ。
こんな穴だらけの服をジュリアに着せるなんて……。―――いや、ワンチャンこういうロックなデザインだと思えば……駄目! 私、自分を騙せないっ!」
「うるさいのう。 ほれ。裁縫道具ならワシが持っとるわ。」
そう言うとカーミラは腰に着けた小さなポシェットから専門的な裁縫道具を詰め込んだ大きな収納箱を取り出した。
「わぁ……! お婆ちゃん、それ魔法鞄ね!
私初めて見たわ!」
「やっば! 流石ファンタジーね!」
ファンタジー作品で必ず出てくる見た目よりも大きな収納力を持つ不思議鞄。
それは当然この世界でも存在した。
「面白いじゃろ? こんな物も入っておるぞ?」
カーミラは孫にサプライズを仕掛ける祖母の様にニヤリと笑い、丁寧に巻かれた赤と黒の布を取り出した。
「うわぁ! 綺麗!」
「あぁっ! 妖精綿布・赤と輝きの夜天絹!
婆ちゃんが持っててくれたの!?」
「どこぞの馬鹿な客が金だけ置いて帰っちまったからねぇ? 慌てて届けようとしたら彼奴らに捕まっちまったのさ。」
この上なく嬉しそうに2本の巻き布を抱き締めるシャル。
「これだけ揃えば完璧ね! ジュリア、ようやく貴女に私の魔法を見せてあげれるわ!」
言うが早いか、シャルは躊躇いなく布を裁断して2枚の大きな正方形の布を切り出した。
ジュリアの服を脱がせ、輝きの夜天絹を風呂上がりのタオルの様に巻き付ける。
その上から妖精綿布・赤の両端を交差させ、首の後ろで結びノットネックスタイルのドレスの様にまとめる。
トドメと言わんばかりに、妖精綿布・赤のスカート部分を腰から斜めに切り取り、下地の輝きの夜天絹を露出させた。
僅か数分。そこには美しくドレスアップされたジュリアが立っていた。
「すごっ! 本当に魔法みたいっ!」
「ほぉう? 即興にしては形になっとるのぅ!」
「どぉよ? 1枚布から作り出すアフリカンドレスと日本の風呂敷技術の融合よ! まぁこの手の即興テクニックは大昔からあるんだけどね。
NY万博でアメリカ人デザイナーがピンを使って1分でドレスを作ったのは有名な話よ」
ドヤ顔をするシャルを他所に、ジッとドレスを見るカーミラ。
その目は熟練の職人の様な目付きだ。
「しかし、全体のラインが気に入らん。
どうしても布で包み込んでいるだけだから全体のラインが浮いておるわい。どれ―――。」
そう言いながらカーミラが裁ち鋏でドレスの脇を切り裂き、針と糸でジュリアの体型に合わせてドレスを詰める。
「ちょっ! ババアっ! 何してくれてんのよ!?
そんな雑なまつり縫い何かしたら縫い目が目立つでしょうがっ! やるならせめて服を脱がせてから―――えっ……?」
慌ててシャルがドレスを見ると、縫い目どころか布の合わせ目すら見当たらない。
まるで1枚の布のままの様な仕上がりだ。
ジュリアのボディラインに完璧に合わせたドレスになっている。
「ほっほっ。どうじゃ? ワシはこれでも並ぶ者なき針の操人と謳われた凄腕の針子じゃぞ?
布の繊維を崩さずに溶け合わせる様に縫合する妙技! 100年も生きれぬ短命種のお嬢ちゃんには難しいじゃろうなぁ!」
「ちっ! やるじゃない。 ……でもやる前にちゃんと説明しなさいよ! くそばばあっ!」
この数年、ウィンドブルムの服飾文化の躍進をを支えていたのが彼女達エルフの職人だ。
それも魔封じの首輪で常に体調不良になりながらだ。
その絶技は決して短命種である人では到達出来ない位置にある。
「ただいま……って、何でドレス? ついにボケたの? カーミラ。」
軽口を叩きながら仲間のエルフ達を助けに行っていたローラが戻って来た。
ホントだ……、カーミラさん……、なんで?
あれ?あの赤い布、妖精綿布・赤じゃない?
え、輝きの夜天絹も!?
ローラに続いて部屋に入って来たエルフ達が口々に騒ぎ出す。
「まだワシは650歳じゃぞ? ボケとらんわい。
話の流れでこの娘っ子にドレスを、と言う話になっての?」
「ボケてもないのに拉致された先でドレス作るとかそれはもう狂気なのよ。 ……そこのスカートの切返しさ。ドレープを入れたら?」
毒を吐きつつもしっかりドレスに口を挟むローラ。彼女とてエルフの職人だ。
「それはそうなんだけど、流石に時間がねぇ。
ピン止めでなら作れるけど歩き回るには危なっかしいじゃない?」
「……やるならどうしたいの? デザイナーのお嬢ちゃん?」
ローラはニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。
「やるなら赤の方ね。上からゆったりとしたエレガントなドレープを作りたいわ。
子供っぽくなり過ぎない様にあくまでもさり気なく、スカートの裾部分までは不要かな?」
「賛成よ。生地が良いからそこまで派手に盛り立てるのは下品よね。―――3分貰うわよ?」
そう言った瞬間、ローラの手が翻る。
神速で形作られていくタックとギャザー。
見る間に流れるようなひだが形成されて行く。
3分も掛からずに美しいドレープを持つドレスが誕生した。
「は? 何でもう出来てんの? いや、早いのはもうこの際良いわ。馬車より早く走るオッサンがいる世界だもの。音速で服を縫う針子がいてもおかしくない……わよね? それに、服を着たまま縫い付けてる離れ業も良しとしましょう。
でもね? これ絶対生地の量おかしくない? 裁断した時より生地の面積増えてるんですけど?」
「その辺は回復魔法の応用じゃ。 生物由来の素材ならワシらエルフは多少増やす事が出来るんじゃよ。まぁそれも含めてあそこまでの速さで出来るのは、至高なる天の紡ぎ手ローラだけじゃがな。」
「はぁ!? チートじゃん! 昔裁断ミスって生地が足りなくなって泣いた私に謝んなさい!
ってか職人なのに2つ名が格好良いわね!?」
騒ぐシャル達の後ろで作業を見ていた他のエルフ達も反応をし出す。
「え、私も輝きの夜天絹使いたい! 」
「アンタじゃ駄目よ。星絹で我慢なさい。」
「はぁ? あんなうなされながら嫌々作った生地なんか絶対嫌よ!」
「あのデザインなら手袋はいるでしょ?」
「あー、いるね。肘上くらいの長さのやつ。」
「後コサージュ欲しくない?」
「えぇ? ダサくない? あんまりゴテゴテするのもなぁ。」
「―――うっさいわね! 私だって時間があればそれくらいやったっつーの! 」
「はん! 時間を理由に妥協するなんて3流の職人じゃわい。」
「同感。」
「いよぉーし!その喧嘩買ったぁ! 見とけよババア共! ジュリア!その服脱ぎなさい! 今から私が仕上げて―――、ジュリア?」
いよいよ持って騒ぎが大きくなったその時。
「ふ、ふふっ! 良いわ! 今私凄く楽しい!
皆で集まって意見を出したり喧嘩したり、でも皆凄く楽しそう! 大好きな服をこうやってワイワイ話して作るなんて私初めてよ!」
コロコロと笑い出すジュリア。
その姿には種族すら超越し万物を魅了するオーラがあった。
「―――うん。 やっぱり私こういうのが良い。こういうのが好きみたい。ふふ。こんな所で
こんな素敵な出会いがあるなんて思ってもなかったわ!」
そんなジュリアの笑顔に釣られてお互いを見合って笑うシャルとエルフ達。
「ねぇ? シャル。まだ貴女と一緒に働く職人は決まってなかったわよね? 私皆をお父様に推薦するわ。だって絶対楽しいと思うもの! 」
「ま、まぁね? でも大丈夫かな。 ざっと見ても300人くらいいるんだけど……。 皆の住む所や食べる物とか、給料とか……。」
「あら! 親友の貴女にそんな事言われるのは悲しいわね? 知らないの?」
シャルの珍しくまともな心配に心外そうに答えるジュリア。
「私、この国1番のわがまま娘なのよ?」
100年先にも並ぶ者のいない美しさだと謳われた
ジュリア・フェルーネ・フォン・フィンスター=ヘレオール。
彼女を語る上で無視出来ない存在が2つある。
1つは未来を知る者とまで賞賛された深いデザインへの理解と、決して尽きぬ情熱を併せ持つ稀代のデザイナー。
シャーロット・ソフィア・フォン・スチュアート。
そして、陰日向に彼女を支え、神の腕とまで謳われた森人族の職人達。
彼女達が世間に注目されるのは、ジュリアが10歳の年に行われた建国祭の事であった。




