その頃のお父様達
「―――報告。」
「カーミラ女史の店前で複数の足跡を発見。」
「足跡から人物像を測定。」
「1つは女児、推定140cm28kg、痩せ型。傷病なし。ジュリアお嬢様と断定。」
「1つは同じく女児、推定144cm36kg、普通体型。傷病なし。シャーロット嬢と断定。」
「近くに真新しい馬車の轍を確認。
馬は2頭立て、重量とタイヤ痕から鋼鉄製の箱馬車と断定。馬車の前部にある御者席とは別に後部に護衛席がある特殊車両と推定。」
「この馬車を囚人護送用馬車と想定。」
「店舗前で争った形跡あり。不審人物3名の足跡を確認。測定開始。」
「1つは男性。身長178cm80kg。筋肉質。傷病なし。50kg前後、人間大の荷物を持っていたと推定。」
「1つは男性。身長192cm70kg。痩せ型。猫背でやや近視。」
「1つは男性。身長160cm67kg。肥満体型。
内蔵に何らかの疾患あり。」
「この3名をカーミラ女史の店舗で確認した労働者ギルド職員3名と断定。」
「以上の情報からカーミラ女史、ジュリアお嬢様、シャーロット嬢の拉致犯として、この3名を容疑者と断定する。」
そこは事前にH隊が抑えていた宿の一室。
そこに佇む義眼義足の戦士。
ゴーウェン・ザック・フォン・リボニード。
彼の口から次々と告げられる情報。
義眼が光り、彼の目の前には様々なウィンドウがホログラムの様に浮かび上がる。
彼は義眼を通して街中に散らばったH隊隊員からの情報を閲覧する。
それは30名の隊員達の視覚情報や音声、各員からの探査魔法による測定情報等など。
あらゆる情報が彼の元に届けられ、それを元に事態を把握、類推し、犯人を特定する。
『地獄の猟犬』―――。
彼は王国屈指の追跡者。
効果範囲数十kmに及ぶ長距離通信魔法が隊員達との緻密な連携を実現し、様々な索敵魔法と技術を用いて敵を追い詰める。
暗闇の中から敵を嗅ぎ分け、その爪で背中を切り裂き、喉元を喰らう地獄の猟犬である。
「付近の調査により黒塗りの特殊馬車の情報を入手。犯行現場から西へ移動した可能性大。」
「馬車の車輪痕発見。追跡開始。」
「西……か。」
ゴーウェンの報告を聞いてロベルトが呟き、部屋の中央部に用意されたこの街の地図を見る。
「労働者ギルドの支部があるな。」
この街の西部は行政区域となっており、様々なギルド支部や領主館が配置されていた。
その一角をロベルトの冷たい紅の瞳が捉える。
「強襲しますか? 御館様。」
「先ずは拉致された3人の安否確認を優先しろ。逆に3人の安全の為なら全ての戦闘行動は許可する。 何をしようとも構わん。」
「H隊、了解。」
冷酷なロベルトの声にゴーウェンが応える。
2人の消息不明発覚から20分。
猟犬の牙は確実に犯人を捉えていた。
これこそがH隊。
それは隊長であるゴーウェンを頭脳とし隊全員で構成される不定形の群体。
作戦行動中の彼等は完全に個をなくし、1つの生き物の様に連携をする。その在り方は転生者が見ればSFに出てくる機械仕掛けの兵隊に見えたかもしれない。
共同型儀式魔法体系『無形の猟犬』。
通信、探査、索敵等のあらゆる魔法を内包し、その魔法に参加した者達の能力や経験を共有化する唯一無二の儀式魔法である。
「ちなみに、御館様。 この情報は若達にはお伝えした方が良いでしょか?」
「そうだな。ただし、ジュリア達の居場所を確実に特定出来てからで良い。今の段階で伝えてもお前達の仕事の邪魔にしかならんだろう。」
「助かります。」
ロベルトにしろゴーウェンにしろ、レオナルド達の実力は認めている。
しかし、それはあくまでも戦士として正面から戦う場合に限る。
H隊の本分は諜報や暗殺、謀殺、誘拐、破壊工作等の汚れ仕事。
情報収集をしている現段階ではむしろ邪魔でしかない。
「―――あの3人は何をしているんだ?」
レオナルド達はジュリア達が行方不明と聞いた瞬間に飛び出したままだ。
「あー、なんと言いますか……。
野生の肉食獣を街に放った気分ですね。」
「……あぁ、うん。 済まないがそれとなくフォローしてやってくれるかな? この街を滅ぼしたいとか、そんなつもりないしさ。」
―――――――――
――――――
―――
「ぐあっ!?」
「何だコイツ……! こ、こっちは10人もいたのに……!」
「つ、強ぇえ……!」
「お、お前何なんだよっ!? い、いきなりこんな事しやがって! お、俺達が誰か分かってんのか!?」
素行の悪そうな男達の声が裏路地に響く。
瞬く間に7人が倒され、取り残された3人が驚愕する。
「何を言ってるんだ? お前達から仕掛けて来たんだろうに……。次からは喧嘩を売るならやり返される事を想定しておくべきだな。」
レオナルドはそう冷たく言い放ち、残りの3人を殴り倒した。
「……ぬぅ。単に絡まれただけか……。
聞き込みって難しいな。」
倒れた10人を裏路地に転がし、ボヤく。
ジュリア達の行方不明を聞いたレオナルド達はそれぞれ手分けをして聞き込みをしていた。
別の路地裏では―――、
「ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ。黙ってちゃ分からないんですよ。いい加減質問に答えてもらえますか? 黒髪と金髪の女の子を見なかったか? 答え方は見たか見なかったか、です。何でそんな簡単な事も答えられないんですか?」
既に気を失って倒れた大柄な男を無表情なユーリアは何度も何度も執拗に踏み付ける。
「や、やめろっ!! し、死んじまう!」
もう1人の男が涙ながらにユーリアに訴え翔る。
つい先程まではアウトローな態度だったが、今はもうその影はない。
「死ねばいいんですよ。私に触れて良いのはレオナルド様だけです。 なのにこの男は私に触れようとしたんですよ? 汚らわしいっ!」
ユーリアは己に触れようとした男の右腕を執拗に踏み付けている。
骨は完全に砕け、普通の治療ではもう完治することはないだろう。
「見てねぇ!俺もソイツも何にも見てねぇ!!それにアンタに絡んだ事は謝る! この通りだ! ゆ、許してくれ!」
「ちっ。無駄な時間を取らせて……! 」
腹いせに答えた男の腹を蹴り上げ、舌打ちをするユーリア。
先程から彼女は何度もこんな感じで絡まれているのでいい加減イライラしている。
―――王国の治安は決して悪くはない。
それはなるべく貧富の差を作らないように徹底し、致命的な治安悪化を防いだ事に由来する。
貧すれば鈍すると言う事を知るロベルトがこの国を建て直す際、気を付けていた事である。
特にそれロベルトのお膝元であるフィンスター=ヘレオール公爵家に属する地域で顕著だ。
しかし、ここはウィンドブルム。
この数年、エルフの紡績技術を手に入れ望外の富を手に入れてしまった。
それは徐々に貧富の差が拡がり、ゆっくりと、だが確実に治安の悪化が起こりつつあった。
10歳とは言え、あの二人は顔の整った女性。
否が応でもあまり面白くない想像をしてしまいユーリアはぶるりと身を震わせる。
同じ女であり、ジュリアは義理とは言え妹になる子でありシャルはその友達。
そして何よりレオナルドの家族だ。
ユーリアは多少の労力など厭う事はない。
「……私の手を煩わせたのです。 お前達、協力しなさい。」
ほうほうの体で逃げ出そうとする2人の肩を掴みユーリアはその真紅の瞳を光らせた。
「―――あー、そいつはきなくせぇな。」
ウィンドブルムの飲み屋街。
そこの一角でひっそりと店を出す屋台の店主が顔を顰めて料理の小鉢をアランに渡す。
「おっちゃん、何か知ってたら聞かせてくれない? 正直、土地勘もなければ手掛かりもなくて困ってるんだ。」
そう言いながら料理の代金に上乗せして銀貨を1枚手渡すアラン。
「与太話の類だがよぉ、その女の子2人は分からねぇがエルフが連れ去られる話ってのは聞いた事あるぜ。」
銀貨を握ってニッと笑う屋台の親父。
曰く、ここ数年エルフ達が借金を理由に派遣労働者とし連れて行かれる噂がある。
別にそれ自体は不思議ではない。
―――しかし、その数が異様なのだ。
戦争後からウィンドブルムにも他種族が入り込み、今ではそれが当たり前になった。
だが借金で身持ちを崩し、派遣労働者となるのは決まってエルフ達だけ。
「よく考えれば変な話なんだよ。エルフと言えば揃いも揃って魔力持ちで独自の技術もある。見た目だって整った奴が多い。色々やりようはあるのに全員が借金持ちになるってのはおかしくねぇか?」
「まぁ、そう言われれば……そうかな?
理由とかは分かってるの?」
「あぁ、よくある陰謀論さ。 何でもここの領主であるウィンドブルム伯爵と労働者ギルドの支部長が組んでエルフを捕まえてるんだとよ。」
「ふーん。労働者ギルドねぇ。」
そう呟いて渡された料理を掻き込み、アランはレオナルドとユーリアに念話を飛ばした。




